メニュー

関連ページリンク

トップ > 源氏物語 > 源氏物語 - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2009年1月9日 10時)

[システム設計]日本の製造業は信頼性技術を高めて生き残りをめざすべき

 もはや大量生産/大量販売/大量消費の時代は終わった。しかし日本はやはり製造業を核にした体制を捨てるわけにはいかない。昔から日本は設計技術よりも製造技術に比重をおいたモノ作りで外貨を稼いできた。そうした傾向は物真似上手だとか飛びぬけたアイディアが出ないとかいって卑下される傾向があったが、それは必ずしも的を射ていない。いくらアイディアがあったところでそれを形にできなければ現実を変えることはできない。実用的なモノに落とし込める技術は相応の評価を与えられるべきものなのだ。

 その製造技術により日本の製品(とくに耐久消費財)は壊れにくいという評価は以前からあった。だが、これからはさらにそこから踏み出し、「一生モノ」の製品、つまりより一層の高信頼性・高耐久性を備えた製品の開発を目指すべきではないかと思う。もはや先進国だけが富と繁栄を独占するわけにはいかない時代であり、さりとてこれまでの先進国並みの資源の消費を途上国が行えば地球環境の悪化は避けられない。となれば、世界中に「一生モノ」の製品を送り出すことで人々の豊かな生活に貢献するというのが日本の製造業の役割ではないか。

 いまモノ作りは根底から変革を迫られていることに、製造業をリードする立場の人々は気づいているはずだ。長寿命の製品を出すとそれだけ販売数が減るなどという理屈はモノを使い捨てていた時代の感覚でしかない。少なくとも当分の間は新しいアプリケーションやコンテンツはネットを経由可能な「情報」として提供され、モノは長いライフサイクルをもつようになる。そうした中、コストパフォーマンスを考えれば消費者が信頼性の高い製品を選ぶのは自然な流れだ。モノを浪費しないライフスタイルが主流となることが誰の眼にもあきらかになる前に、先手を打って日本の製造業はもてる技術を「一生モノ」の実現に注ぎ込むべきだ。

作者:usuiou

更新日:2009年1月6日 15時15分

このブログのホーム

[日常雑事]新年あけましておめでとうございます

 正直個人的にはめでたいという気分はあまりないし、だからといって不幸というわけでもないが、また区切りがめぐってきましたねぐらいの感じだろうか。ただ、今年は個人的にも社会的にも大きな転換の年になりそうな予感はある。

 日本はいろいろな意味で世界の先端をいっている国だと思うので、突然なにかとんでもない文化的・社会的ブレークスルーが起きるかもしれない、そんな淡い期待をもっていたりもする。他の意味での変化、既存メディアの崩落とか外需依存産業の再構築なんてのはもはや言わずもがな。その中でいろいろと試練に見舞われる可能性もあるけどね。政治関係はあまり期待してません。またぞろアメリカや中国に「献金」するような事態は国民もそろそろ許さないとは思うけど、相変わらずお役所は景気対策と称して無駄遣いに走るんでしょう。

 個人的には、今年の目標は小説を3本以上書くこと。あと人物画をもう少しいろいろなアングルから描けるようになりたい……とりあえずそのぐらいにしておこう。あと目標というのとは違うが、もう少し精神を安定させたい。いい齢こいて突然鬱っぽい気分になって薬に頼ったりする事態に陥るというのは困りますからな。

作者:usuiou

更新日:2009年1月1日 18時21分

このブログのホーム

[日常雑事]1年の終わりに思うこと

 今年は個人的にはネット上のコンテンツに関してはニコニコ動画と東方Projectを追いかけているうちに過ぎてしまった印象だ。ニコニコ動画に関しては来年から大きく転換するのか、それとも従来とさほど変わらないままに過ぎてゆくのか、まったく見当がつかない。ただ、たくさんの若い人たちに支持されているという点でシステム的にもコンテンツとしても新しいものがもっと出てくるのではないかという期待が感じられる。実は東方Projectに関しても似たような状況があって、若いファン層が拡大してゆく中でどういう方向に転がるかさっぱり分からない点では同じである。

 ただ、若い人たちにとってこの二つの「フィールド」が曲がりなりにも社会との関係性を獲得するための居場所として機能していること、そして彼らがその「フィールド」の中枢に自分たちにとってのある種のモデルとなり得る人物(たち)の存在を感じとっているらしいとは言えそうだ。このあたり、政治家とか企業経営者とか、学者さんたちはよくよく注目してみるべきなんじゃないかと思ったりするのだが。でもマスメディアはこのふたつを正面からはなかなか取り上げない。このあたり、アンテナ感度が鈍っている証左かもしれない。

 とりあえず私の本来の活動主眼である2Dバレエ萌えに関しては今年はあまり外に向かっての成果は出せなかった。来年はもっと眼に見える形でアウトプットを出していきたいと思っている。それでは皆様、良いお年を。

作者:usuiou

更新日:2008年12月31日 15時36分

このブログのホーム

[日常雑事]備忘録:mi@MacでセーブしたテキストがShiftJis変換できないとき

 いったんmi@Mac上でUTF-8/Win形式でセーブし、Win上のメモ帳で開く。ANSIでセーブしなおそうとすると警告が出るが、無視してセーブする。該当するUnicodeの文字は化けるがほかは問題ない。

作者:usuiou

更新日:2008年12月27日 20時7分

このブログのホーム

[システム設計]ニコニ広告と同じ仕組みをはてダも採用するといいと思う

 ニコニ広告は来年から実装されるニコニコ動画の新機能で、ユーザーがポイントを支払うことで一定の期間目立ちやすい場所に動画が掲示されるという仕組み。宣伝のために金を使うということでネガティブな印象をもつヒトもいるだろう。でも宣伝のためにお金を使うのが悪ということになったらこの世の広告システムは全部潰れることになるので、ただ悪だ悪だと叫んでも仕方が無い面がある。そもそも法人組織なら許されて個人なら許されないってのもおかしな話だ。

 はてなにはデフォルトの広告システムがないからその意味では一部のはてな住民からは強い反発を受ける可能性もあるだろう。でも、個人が広告を打ってそれで運営側にお金がいくんだったら、運営側にとって悪い話では全然ないように思う。広告されたエントリーの中身がくだらない内容だったら一般ユーザーはガン無視すればいいだけの話。下手にブックマークでネガティブコメントなんかつけたらかえって相手の思うツボだったりする可能性もある。

 荒れる要因になると言ったってふだんからいろいろと多少の揉め事があっても周りがそれ自体をコンテンツとして楽しむ傾向があるわけだから、単にその手のコンテンツが増えるだけのことだ。以前も下のエントリーで書いたけど、むしろ私はわざわざ第三者が金を出してまで広告してくれるような文章ってのはぜひ読んでみたい気がする。もちろん自分で金を出してまで広告するケースってのも興味がある。それだけの自信があるってことだろうし、別の意味で楽しめるコンテンツに化けるかもしれない。

 従来のはてなダイアリーのトップとかに「注目のエントリー」として出すのではなくて、「広告されたエントリー」として別ページにリストアップしておけば十分だと思う。そうすれば別にこれまでのシステムとバッティングすることはないだろう。多少は相対的な影響はあるかもしれないが、従来タイプの早いピッチでブックマークを集めるエントリーが目立たなくなるとかそういうことはまずありえない。ユーザーにとってはジャンルが増えただけのことだ。

 まあニコニ広告がどんな具合に機能するかを見てからでも遅くはない。私もニコニ広告を実際に使って「埋もれた名作」を拾うのを楽しみにしてるが、どのくらいの「成果」が得られるのかはまだ不透明だ。しかし、個人広告というのはもっとネット上でポピュラーになってもいいんでないかなーとは常日頃思っている。大企業なんて自社のPR用サイトをきちんと整備すればお客は十分来るはずなのだから、むしろこれからは個人もしくは小規模組織の広告がネット広告のメインストリームになるなんてこともあり得るかもしれないですぞ?

関連:ニコニコポイントの使い道に関するささやかな提案 - バレエイメージ研究所日誌

作者:usuiou

更新日:2008年12月27日 12時32分

このブログのホーム

[システム設計]クラウドコンピューティングは果たしてどこまで信用できるか

 クラウドコンピューティングはハードもソフトもその中身が分からないような状況で必要なサービスだけをネット経由でユーザーに切り売りするという発想のようだ。それはつまりはIBMがお得意だったTSS(タイムシェアリングシステム)への回帰である。TSSと異なるのはかつては回線経由での単純なCPUパワーの切り売りだったのが、今回はサービスの切り売りに変わったということだ。だが、この仕組みのいちばんの問題は、ユーザー側には基幹となるシステムのデザインに直接的に介入する余地がなくなってしまう点にある。もはやユーザーにはサーバー側でどんなプログラムがどの程度のスペックをもつハードの上で走っているのか、把握することはまったく不可能になる。

 ユーザーは仕様を決定/要求するだけで済むという言い方は聞こえがいいが、要するに「作り方はプロに任せてお客さんは注文だけして下さい」ということだ。だが、その「プロ」が果たして信用に値するかどうかというところに疑問符がつく。IBMはメインフレームの全盛期に顧客をユーザーサポートという形で囲い込み、割高なハードやソフトを買わせまくった実績をもっている。内部デザイン的には安く上がっているものを「サービス」という形で高く売りつけるのはある意味システム屋の常套手段である。

 ただ、提供されるサービスのコストパフォーマンスがリーズナブルなものでありさえすればいいという考え方ももちろんある。こまごまとシステム構築の中身にかかわってサービスの品質に関する責任を負わされるよりもそっちの方がラクなのは確かなことだ。だが、サービス提供システムの根幹部分が寡占もしくは独占状態になっていないかどうか(例えば、ユーザーデータの囲い込みがされていたら別のサービスへの移転は不可能になる)、そこらへんを見極めた上で利用していかないと、割高なサービスを相手の言い値で使わされるということになりかねない。それをふまえた上で用心深く動向を注視してゆくべきだろう。

作者:usuiou

更新日:2008年12月26日 18時17分

このブログのホーム

[システム設計]日本の製造業は信頼性技術を高めて生き残りをめざすべき

 もはや大量生産/大量販売/大量消費の時代は終わった。しかし日本はやはり製造業を核にした体制を捨てるわけにはいかない。昔から日本は設計技術よりも製造技術に比重をおいたモノ作りで外貨を稼いできた。そうした傾向は物真似上手だとか飛びぬけたアイディアが出ないとかいって卑下される傾向があったが、それは必ずしも的を射ていない。いくらアイディアがあったところでそれを形にできなければ現実を変えることはできない。実用的なモノに落とし込める技術は相応の評価を与えられるべきものなのだ。

 その製造技術により日本の製品(とくに耐久消費財)は壊れにくいという評価は以前からあった。だが、これからはさらにそこから踏み出し、「一生モノ」の製品、つまりより一層の高信頼性・高耐久性を備えた製品の開発を目指すべきではないかと思う。もはや先進国だけが富と繁栄を独占するわけにはいかない時代であり、さりとてこれまでの先進国並みの資源の消費を途上国が行えば地球環境の悪化は避けられない。となれば、世界中に「一生モノ」の製品を送り出すことで人々の豊かな生活に貢献するというのが日本の製造業の役割ではないか。

 いまモノ作りは根底から変革を迫られていることに、製造業をリードする立場の人々は気づいているはずだ。長寿命の製品を出すとそれだけ販売数が減るなどという理屈はモノを使い捨てていた時代の感覚でしかない。少なくとも当分の間は新しいアプリケーションやコンテンツはネットを経由可能な「情報」として提供され、モノは長いライフサイクルをもつようになる。そうした中、コストパフォーマンスを考えれば消費者が信頼性の高い製品を選ぶのは自然な流れだ。モノを浪費しないライフスタイルが主流となることが誰の眼にもあきらかになる前に、先手を打って日本の製造業はもてる技術を「一生モノ」の実現に注ぎ込むべきだ。

作者:usuiou

更新日:2009年1月6日 6時15分

このブログのホーム

[日常雑事]新年あけましておめでとうございます

 正直個人的にはめでたいという気分はあまりないし、だからといって不幸というわけでもないが、また区切りがめぐってきましたねぐらいの感じだろうか。ただ、今年は個人的にも社会的にも大きな転換の年になりそうな予感はある。

 日本はいろいろな意味で世界の先端をいっている国だと思うので、突然なにかとんでもない文化的・社会的ブレークスルーが起きるかもしれない、そんな淡い期待をもっていたりもする。他の意味での変化、既存メディアの崩落とか外需依存産業の再構築なんてのはもはや言わずもがな。その中でいろいろと試練に見舞われる可能性もあるけどね。政治関係はあまり期待してません。またぞろアメリカや中国に「献金」するような事態は国民もそろそろ許さないとは思うけど、相変わらずお役所は景気対策と称して無駄遣いに走るんでしょう。

 個人的には、今年の目標は小説を3本以上書くこと。あと人物画をもう少しいろいろなアングルから描けるようになりたい……とりあえずそのぐらいにしておこう。あと目標というのとは違うが、もう少し精神を安定させたい。いい齢こいて突然鬱っぽい気分になって薬に頼ったりする事態に陥るというのは困りますからな。

作者:usuiou

更新日:2009年1月1日 9時21分

このブログのホーム

[日常雑事]1年の終わりに思うこと

 今年は個人的にはネット上のコンテンツに関してはニコニコ動画と東方Projectを追いかけているうちに過ぎてしまった印象だ。ニコニコ動画に関しては来年から大きく転換するのか、それとも従来とさほど変わらないままに過ぎてゆくのか、まったく見当がつかない。ただ、たくさんの若い人たちに支持されているという点でシステム的にもコンテンツとしても新しいものがもっと出てくるのではないかという期待が感じられる。実は東方Projectに関しても似たような状況があって、若いファン層が拡大してゆく中でどういう方向に転がるかさっぱり分からない点では同じである。

 ただ、若い人たちにとってこの二つの「フィールド」が曲がりなりにも社会との関係性を獲得するための居場所として機能していること、そして彼らがその「フィールド」の中枢に自分たちにとってのある種のモデルとなり得る人物(たち)の存在を感じとっているらしいとは言えそうだ。このあたり、政治家とか企業経営者とか、学者さんたちはよくよく注目してみるべきなんじゃないかと思ったりするのだが。でもマスメディアはこのふたつを正面からはなかなか取り上げない。このあたり、アンテナ感度が鈍っている証左かもしれない。

 とりあえず私の本来の活動主眼である2Dバレエ萌えに関しては今年はあまり外に向かっての成果は出せなかった。来年はもっと眼に見える形でアウトプットを出していきたいと思っている。それでは皆様、良いお年を。

作者:usuiou

更新日:2008年12月31日 6時36分

このブログのホーム

[日常雑事]備忘録:mi@MacでセーブしたテキストがShiftJis変換できないとき

 いったんmi@Mac上でUTF-8/Win形式でセーブし、Win上のメモ帳で開く。ANSIでセーブしなおそうとすると警告が出るが、無視してセーブする。該当するUnicodeの文字は化けるがほかは問題ない。

作者:usuiou

更新日:2008年12月27日 11時7分

このブログのホーム

[システム設計]ニコニ広告と同じ仕組みをはてダも採用するといいと思う

 ニコニ広告は来年から実装されるニコニコ動画の新機能で、ユーザーがポイントを支払うことで一定の期間目立ちやすい場所に動画が掲示されるという仕組み。宣伝のために金を使うということでネガティブな印象をもつヒトもいるだろう。でも宣伝のためにお金を使うのが悪ということになったらこの世の広告システムは全部潰れることになるので、ただ悪だ悪だと叫んでも仕方が無い面がある。そもそも法人組織なら許されて個人なら許されないってのもおかしな話だ。

 はてなにはデフォルトの広告システムがないからその意味では一部のはてな住民からは強い反発を受ける可能性もあるだろう。でも、個人が広告を打ってそれで運営側にお金がいくんだったら、運営側にとって悪い話では全然ないように思う。広告されたエントリーの中身がくだらない内容だったら一般ユーザーはガン無視すればいいだけの話。下手にブックマークでネガティブコメントなんかつけたらかえって相手の思うツボだったりする可能性もある。

 荒れる要因になると言ったってふだんからいろいろと多少の揉め事があっても周りがそれ自体をコンテンツとして楽しむ傾向があるわけだから、単にその手のコンテンツが増えるだけのことだ。以前も下のエントリーで書いたけど、むしろ私はわざわざ第三者が金を出してまで広告してくれるような文章ってのはぜひ読んでみたい気がする。もちろん自分で金を出してまで広告するケースってのも興味がある。それだけの自信があるってことだろうし、別の意味で楽しめるコンテンツに化けるかもしれない。

 従来のはてなダイアリーのトップとかに「注目のエントリー」として出すのではなくて、「広告されたエントリー」として別ページにリストアップしておけば十分だと思う。そうすれば別にこれまでのシステムとバッティングすることはないだろう。多少は相対的な影響はあるかもしれないが、従来タイプの早いピッチでブックマークを集めるエントリーが目立たなくなるとかそういうことはまずありえない。ユーザーにとってはジャンルが増えただけのことだ。

 まあニコニ広告がどんな具合に機能するかを見てからでも遅くはない。私もニコニ広告を実際に使って「埋もれた名作」を拾うのを楽しみにしてるが、どのくらいの「成果」が得られるのかはまだ不透明だ。しかし、個人広告というのはもっとネット上でポピュラーになってもいいんでないかなーとは常日頃思っている。大企業なんて自社のPR用サイトをきちんと整備すればお客は十分来るはずなのだから、むしろこれからは個人もしくは小規模組織の広告がネット広告のメインストリームになるなんてこともあり得るかもしれないですぞ?

関連:ニコニコポイントの使い道に関するささやかな提案 - バレエイメージ研究所日誌

作者:usuiou

更新日:2008年12月27日 3時32分

このブログのホーム

[システム設計]クラウドコンピューティングは果たしてどこまで信用できるか

 クラウドコンピューティングはハードもソフトもその中身が分からないような状況で必要なサービスだけをネット経由でユーザーに切り売りするという発想のようだ。それはつまりはIBMがお得意だったTSS(タイムシェアリングシステム)への回帰である。TSSと異なるのはかつては回線経由での単純なCPUパワーの切り売りだったのが、今回はサービスの切り売りに変わったということだ。だが、この仕組みのいちばんの問題は、ユーザー側には基幹となるシステムのデザインに直接的に介入する余地がなくなってしまう点にある。もはやユーザーにはサーバー側でどんなプログラムがどの程度のスペックをもつハードの上で走っているのか、把握することはまったく不可能になる。

 ユーザーは仕様を決定/要求するだけで済むという言い方は聞こえがいいが、要するに「作り方はプロに任せてお客さんは注文だけして下さい」ということだ。だが、その「プロ」が果たして信用に値するかどうかというところに疑問符がつく。IBMはメインフレームの全盛期に顧客をユーザーサポートという形で囲い込み、割高なハードやソフトを買わせまくった実績をもっている。内部デザイン的には安く上がっているものを「サービス」という形で高く売りつけるのはある意味システム屋の常套手段である。

 ただ、提供されるサービスのコストパフォーマンスがリーズナブルなものでありさえすればいいという考え方ももちろんある。こまごまとシステム構築の中身にかかわってサービスの品質に関する責任を負わされるよりもそっちの方がラクなのは確かなことだ。だが、サービス提供システムの根幹部分が寡占もしくは独占状態になっていないかどうか(例えば、ユーザーデータの囲い込みがされていたら別のサービスへの移転は不可能になる)、そこらへんを見極めた上で利用していかないと、割高なサービスを相手の言い値で使わされるということになりかねない。それをふまえた上で用心深く動向を注視してゆくべきだろう。

作者:usuiou

更新日:2008年12月26日 9時17分

このブログのホーム