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トップ > 源氏物語 > 源氏物語 - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2009年1月10日 12時)
雪の勝林院
勝林院は、三千院の北奥にある天台宗の寺院である。
勝林院は、円仁によって開かれた後、寂源によって中興されたと伝えられる。
古くから来迎院とともに天台声明の道場であった。
声明とは、中国仏教の古典儀式音楽である「聲明音律業」で、経典に旋律をつけて唄われ、日本音楽の元となる平曲や謡曲などに大きな影響を与えたといわれている。
あまりにも有名な大原問答(旧仏教の碩学顕真と浄土宗の宗祖・法然との浄土教についての百日に及ぶ宗論)は、この勝林院で行われたと伝えられる。
江戸時代には隆盛を誇った様で、四箇所あったといわれる坊も今はなく、わずか塔頭として宝泉院、実光院の2院が残るだけである。
本堂前庭には、平安時代の銅鐘があり、国の重要文化財である。
本堂は安永7年(江戸時代)の再建と伝えられるが、屋根のなだらかな曲線に平安時代の面影を残している。
更に本堂の木組み、彫刻は、あまり取り上げられる事はないが、見事な造りであり一見の価値がある。
本堂内では自由に声明を聴く事ができる。
大きな本堂内に響く声明は、幻想的でもありかつ音楽としての完成度の高さに驚かされる。
勝林院の本尊は、阿弥陀如来坐像である。
阿弥陀様の手元からは5色の綱が結ばれており、この綱で参拝者と阿弥陀様との縁が結ばれるといわれている。
しかし、私が訪れた時は、赤と白の2色の綱であった。
赤の綱は現生の方が、白の綱は亡くなられた方が結ぶ縁である。
いうまでもなく、赤の綱で阿弥陀様とご縁を結んでいただき、勝林院をあとにした。
作者:
更新日:2009年1月7日 20時31分
雪の宝泉院
雪が降りしきる三千院の参道は、春、秋のような賑わいから開放され、寺院本来の静けさが漂う。
宝泉院は勝林院の塔頭で、大原声明研究の寺院である。
勝林院の前を左へ折れ、小さな橋を渡ると小振りな山門が目に入ってくる。
山門をくぐると、書院の屋根を越えるように大きな五葉松がある。
樹齢700年ともいわれる五葉松は、近江富士を模ったものといわれている。
書院から観る宝泉院の庭は、「額縁の庭」といわれ書院の柱を額縁に見立てて観賞する。
盤桓園(立ち去りがたし)と銘打つこの庭、書院へ踏み入れた歩みが、一瞬止まるほどに見事である。
水滴が澄んだ音を奏でる水琴窟であるが、雪に彩られたこの時節、耳を傾ける人も少ない。
書院は室町時代の文亀2年に再建されたといわれ、廊下の天井は伏見城の遺構といわれる「血天井」である。
「血天井」は、慶長5年、伏見城を死守した鳥居元忠等が石田三成の軍勢と戦い、自刃して果てた名残である。
書院の座敷から観る庭は、赤の毛氈と竹林の木立に被る雪の白さと、観る者の心を惹きつけて離さない。
注)使用している写真は、今年のものではありません。
作者:
更新日:2009年1月4日 14時33分
本茶の花 高山寺
鳥獣人物戯画で有名な高山寺ですが、石水院にある善財童子像も人気があるようです。
高山寺のお茶は本茶と呼ばれ、ここから日本各地にお茶が広がって行きます。
この茶園の脇から拾ってきた種が、明けて昨年の大晦日(昨日)に花をつけました。
作者:
更新日:2009年1月1日 16時36分
東林院
妙心寺の塔頭である「東林院」ですが、樹齢ん百年といわれる沙羅双樹があるとの事で足を運んだのですが・・・
おそらく、特別拝観時には入口となる玄関先には、「宿坊」の看板がありました。
最近の寺院は、宿坊を持っているところが少なくないようです。
妙心寺は観光ロケーションとしては、まずまずのところかも知れません。
ここを拠点として、観光巡りも悪くないでしょう。
作者:
更新日:2008年12月27日 14時42分
妙心寺塔頭 退蔵院 Ⅱ
元信の庭を拝見し終え、境内の奥へとすすむと「中根金作」作庭の庭がありました。
退蔵院は、江戸の庭と昭和の庭が混在しているのですね。
陰陽を表す庭ですが、確かに陰には影が、陽は明るくといった印象を受けます。
参道の途中に水琴窟がありましたが、京都の寺院はこの手の演出が多くあるようです。
まぁ、その昔に流行っていたのでしょうね。
山の奥から、ゆったりと流れがあるきれいな庭です。
元信の枯山水とは全く非対称となりますが、中根金作は枯山水を意識してあえてこの様な庭としたのでしょう。
作者:
更新日:2008年12月20日 14時6分
今年の漢字「変」
TVを見ていますと、「奥の院」の舞台で書いていましたが、書かれた後は本堂に置いてありました。
その奥の院、またまた変わっていました。
舞台の前の通路が変えられ、なでなで観音のような像が置いてありました。
作者:
更新日:2008年12月17日 16時6分
妙心寺塔頭 退蔵院 Ⅰ
妙心寺塔頭の「退蔵院」ですが、売りは如拙が描いたといわれる国宝の「瓢鮎図」そして狩野元信作庭といわれる枯山水。
そこで、実際に見てみようと足を運びました。
現在、方丈は修復中のようで、テントが架けられ、目的のひとつ「元信の庭」をゆっくりと拝見する事はできませんでした。
方丈自体も障子が閉じられ、現在入ることができないようです。
写真は、たまたま檀家さんの一行と思われる方々が方丈に入りましたので、ついでにと後をついて撮ったものです。
察するに、方丈正面は大きな石組みの庭、そして方丈横は写真のように枯山水となっているようです。
勿論レプリカですが、瓢箪でなまずを獲ろうとしている絵柄・・・
何を意味しているのでしょうか???
写真は、反射があり見ずらいのですが、絵柄の上の漢文に絵の説明がされているようです。
禅宗のお寺ですので、ツルツルしたものでツルツルしたものをどう獲るかといったような禅問答のような意味合いをもつ物がよくあるようです。
如拙の門流には、水墨画で有名な「雪舟」「周文」などがおり、さらに狩野派にまで、その影響を及ぼしているといわれます。
作者:
更新日:2008年12月7日 11時16分
黄に染まる庭 広隆寺
師走に入ってしまいました。
急いでアップしなければ・・・
この時期、京都で紅葉といいますと、おそらく下鴨神社か洛北の蓮華寺でしょうか?
で、今回は、太秦にある「広隆寺」のお庭。
国宝第一号で、社会の教科書にも載っている弥勒菩薩様で有名なお寺です。
何といっても、私どもは、このなりものには弱いですね。
運良く「桂宮院」が公開中でしたが、写真はご法度との事で入口だけ。
今頃は、冬枯れに入っている頃でしょうか。
作者:
更新日:2008年12月6日 9時34分
お酒の神様 松尾大社
お酒の神様で知られる「松尾大社」にチョット寄ってみました。
大きな鳥居の前は、幾度となく通っているのですが・・・
境内への参道には出店がでていましたが、いつも出ているわけではないようです。
「はて?」と、思い近寄ってみると、神幸祭に使われる船のようです。
そういえば、桂川での川渡しの祭りがあったなと思い出しました。
お社ですから、楼門そのものの造りは、北野天満宮の三光門と似ています。
結構いい雰囲気です。
拝殿前では、甘酒の接待がありましたので、ご相伴に預かってきました。
そういえば、松尾大社には「亀の井」があり、この水を使うとお酒が腐らないとの話があったなと思い出していました。
少し奥にも、亀の口から水が出ていましたが、ここは「亀の井」ではありませんね。
立派ですね。
もともとは、秦氏に由来する神社のようです。
桂川周辺といいますと、太秦と同様に古代豪族、秦氏の影響のあるところが多いようです。
作者:
更新日:2008年12月4日 10時24分
蓮はありませんが 法金剛院
観光タクシーが予定していたルートから外れてしまったため、走行ルートで寄れる「法金剛院」を急遽訪れる事としました。
清原夏野の山荘を寺としたもので、「蓮の寺」として有名です。
残念ながら季節は時期外れですが、平安の姿を残すといわれ「清女の滝」を構える、庭を拝見することとしました。
蓮の寺として知られますが、境内をみるといろいろな草花で飾られているようです。
平安期の滝の石組としては、現在最も大きいとされる「清女の滝」。
こうして観ると、蓮のインパクトは、かなり大きな事が想像できます。
本堂は、撮影禁止ですので写真はありません。
本尊は阿弥陀如来様。
仏師院覚の作といいますから、かなりの仏像です。
本堂の仏像には、それぞれに大きな柿が一個づつ供えられていたのが、なんとも印象的でした。
作者:
更新日:2008年12月2日 20時47分


































