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トップ > 日記・コラム・つぶやき > 日記・コラム・つぶやき - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2009年1月7日 10時)
朝のひびき
今日の名言 愛というものと、一夫一婦という堅い形式との間には、明らかに、幸福な偶然によってのみ解決するような矛盾がある。 ジンメル『愛の断想・日々の断想』「愛の断想」 蓋のない冬空底のないバケツ 渡辺白泉正月からしばらく東京では穏やかな晴天が続いた。雲ひとつなくはりつめた空はたたけばキーンと音がしそうだ。人も車も少ない正月は空気も澄んでいて山の稜線がくっきり間近に感じられた。 冬空と言ってもどんよりとした雪雲で覆われがちな日本海側の空と太平洋岸の空では様相が違う。掲句の空は冷たく澄み切った青空だろうが、こんな逆説的な表現で冬空の青さを感じさせるのは白泉独特のもの。 たたみかけるように続く「底のないバケツ」は「冬空」とのアナロジーを働かせてはいるが、単なる比喩ではない。蓋と底の対比を効かせ、「ない」「ない」のリフレインも調子がいいが「冬空」の後に深い切れがある。 見上げた空から身近に転じられた視線の先に「底のないバケツ」が無造作に転がっている。虚から実へ、とめどなく広がる冬青空を見上げたあとのがらんと寂しい作者の心持ちが錆びて底の抜けたボロバケツになって足元に転がっている。『渡邊白泉全句集』(1984)所収。(三宅やよい) 機関車の、車輪・押し棒・ブレーキ環・排管などの発車前の点検は、点検ハンマーで叩きその音の響きで、ボルトの緩み・ひび割れ・磨耗度などを聞き分ける。 白い蒸気の煙の中、コーンコーンと打ち鳴らす音が聞える操作場で、駅のホームから作業者のカンテラで姿も分かる。夜の開けない冬の今頃は、よく晴れていると、その音も違うらしい。乾燥した空気は、ピーンと張った音であるが、曇ったり、雨が降ったりすると鈍い音になるらしい。 静かな早朝に、電車の響きや・汽車の汽笛を雨戸を越えて聞えてくる。聞えてく響いてくる調子で、アア今日は、よく晴れているとか、曇っているとかが分かったものだが、今は、国道を走る車で感じる事は出来ない。
作者: ミッチャン
更新日:2009年1月8日 4時20分
老後が不安
誰でも通る道である。長寿国日本の老後は深刻である。不安な老後をなくし、安心安全な老後送れるよう考える事が急務だ。 高齢化社会には、人間の寿命が伸びて、不都合な社会構造が寿命に合わないでギャップ出て来た。平均寿命が60歳ぐらいの社会構造で、83歳の寿命の社会構造ではない。 人間の生きていく最低条件は、住宅・食である。年をとるということは、身体の機能が衰えていくことでもある。今まで出来ていた事が出来なくなるのは当たり前である。年寄りをどう支えていくかが大きなテーマである。 朝日新聞社説・・・世界一の長寿国、日本の平均寿命はますます延びている。そうなると老後の暮らし方も変わらざるを得ない。そのひとつが住まい方だ。子ども世帯との同居から、核家族化が進んだうえ親世代も同居を希望しないようになった。高齢者だけの世帯は今後増える一方と予測されている。 そんな高齢者世帯で、年をとって体がきかなくなったら、そして連れ合いが先に逝ったら、このまま同じ所に住み続けられるのだろうか。こころは不安に満ちている。賃貸アパートに住んでいる人は、年金暮らしのなかで家賃の支払いが一層負担になるだろう。 持ち家の人でも、郊外や地方ではすっかり車社会になっていて、不便を感じることがあるかもしれない。社会学者の上野千鶴子さんが書いた「おひとりさまの老後」が最近、ベストセラーになったのも、こんな不安が背景にあるからかもしれない。 住宅政策担当の国土交通省は、昨年10月、社会資本整備審議会に高齢者の住宅政策のあり方を諮問した。これまでの住まいと施設の中間にある高齢者住宅への関心が、ようやく高まってきたといえそうだ。 高齢者住宅のポイントは見守りや生活支援にある。高齢者だけでは、ちょっとしたことで日々の暮らしが立ちゆかなくなることも多くなるからだ。例えば電球が切れても取り換えられない。段差に足をとられて転び、骨折して入院などということもある。最悪の場合、孤独死もあるかもしれない。 生活の自立ができていて介護はまだ必要ではない人に、安全と安心を保障するのが高齢者住宅といえるだろう。 実は高齢者住宅は、20年余り前から試行されている。公営住宅の「シルバーハウジング」がそれだ。英国の高齢者住宅がお手本だった。バリアフリーの安全な住まいというハード面は住宅行政が、生活支援員の配置による安心というソフト面は福祉行政が提供する。行政の壁を超えた画期的な施策だった。 しかし、その後の景気の低迷などで戸数は伸びず、現在、全国でわずか2万2千戸余りしかない。その後、建設費や家賃の補助がある高齢者向け優良賃貸住宅や高齢者居住法など、法律や制度の整備は進んできた。だが、多くの利用者が望む安くて便利な立地の住まいは数が少ない。 安全、安心の高齢者住宅に住むことで、自立した生活が維持できる。介護費用の抑制につながり、国の財政に寄与することにもなるだろう。住まいは暮らしの基本である。未曽有の長寿国での高齢者住宅に、お手本はない。これまでの蓄積を検証して知恵を集め、独自のあり方をつくり出していこう。
作者: ミッチャン
更新日:2009年1月7日 11時30分
七草
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今日の名言
戦争や戦闘は野獣的な行為として、そのくせそれを好んで用いる点にかけては人間のかなう野獣は一匹もいない。 トマス・モア『ユートピア』
七くさや袴の紐の片むすび 与謝蕪村
一般に元旦から今日までが松の内。例外もあって、十五日までという地方もある。人日とも言う。七草とは、せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ。これら七種を粥にして食べれば万病を除く、とされるこの風習は平安朝に始まったという。
蕪村の時代、ふだんは袴などはいたことのない男が、事改まって袴を着用したが、慣れないことと緊張とであわてて片結びにしてしまったらしい。結びなおす余裕もあらばこそ、そのまま七草の膳につかざるを得なかったのであろう。周囲の失笑を買ったとしても、正月のめでたさゆえに赦されたであろう。
七草の祝膳・袴姿・片むすび――ほほえましい情景であり、蕪村らしいなごやかさがただよう句である。七草のことは知っていても、雪国の田舎育ちの私などは、きちんとした七草の祝膳はいまだに経験したことがない。
ボリュームのある雑煮餅で結構。もともと雪国の正月に七草など入手できるわけがない。三ケ日の朝食に飽きもせず雑煮餅を食べて過ごしたあと、さすがにしばし餅を休み、「七日正月」とか何とか言って、余りものの大根や葱、豆腐、油揚、塩引きなどをぶちこんだ雑煮餅を食べる、そんな〈七草〉だった。
江戸時代に七草を詠んだ句は多いと言われるけれど、蕪村が七草を詠んだ句は、この一句しか私は知らない。志太野坡の句に「七草や粧ひかけて切刻み」がある。『与謝蕪村集』(1979)所収。(八木忠栄)
確かに、雪国の田舎の正月に七草が手に入るわけがない。この風習は平安京に始まったとされるが、万葉集にも既に前日に七草用の若菜摘みをしたことが詠われていることから料理こそ違え奈良時代には既に現在に近い行事があったと思われる。
ただし、奈良時代のそれは、米・粟・稗・ミノ・ゴマ・アズキ・キビなどの穀類を使ったらしい。日付も正月十五日と現在の七草の節供とは異なる。
思うに現在の七草行事は、元もと存在していたこの宮中行事と中国伝来の七種菜羮が組み合わさった形なのだろう。
聞くところによると、宮中で行われる七草粥の行事では、前述した穀類が使われ、日付も正月十五日。「古式」に則った行事が生きているらしい。
源氏物語の注釈書「河海抄」の中で 七草のことを記載している。それが後年、よく知られる。 「せりなずな 御形はこべら 仏の座 すずなすずしろ これぞ七草」
君がため 春の野に出て 若菜摘む 我衣手 雪は降りつつ・・・光孝天皇 『古今集』
があるが、実際に若菜(七草)はつめたのだろうか?
作者: ミッチャン
更新日:2009年1月7日 4時34分
東芝、太陽光発電システムに参入
環境の問題・省エネの問題をクリアーするエネルギー確保すと言う将来性を考えても大いに有望だと思う。しかし、三洋電機・三菱電機・京セラ・パナソニックなど先発メーカーがあり、どの程度のシュア確保が出来るかである。世界シュア9%を目標としているが、果たしてどうだろうか・・・期待したい。 FujiSankeiBusinessi・・・東芝は5日、電力・産業用の太陽光発電システム事業に本格参入すると発表した。同事業を統括する専門組織を新設し、2015年度に約2000億円の売上高を目指す。 地球温暖化防止に向け、大規模な太陽光発電システムの普及が見込まれている。東芝は既存の技術や装置、法人販売ルートなど総合力を活用し、成長市場に本格進出することにした。太陽光発電市場では国内外の電機メーカーなどが販売競争を繰り広げており、東芝の参入で競争がますます激しくなりそうだ。 1日付で社内カンパニーの電力流通・産業システム社に「太陽光発電システム事業推進統括部」を設置した。約20人の陣容でスタートし、順次増やす。戦略策定やマーケティングを行うほか、他の社内カンパニー、グループ会社にまたがる同事業を横断的に統括する。 同社は高効率インバーターや、独自開発の新型リチウムイオン充電池「SCiB」など太陽光発電システムに不可欠な製品を生産しているほか、電力系統のシステム技術も保有している。これまで顧客の要望に応じ、各社内カンパニーなどが太陽光発電システムを納入する例はあったが、事業全体を統括する組織がなかった。 東芝は海外の拠点も活用し、グローバルな供給を目指す。同システムの心臓部にあたるパネルは外部調達する方針。また、住宅向け太陽光発電システムは手がける考えはないという。 東芝によると、電力・産業用の太陽光発電システムの世界市場規模は08年度が約1兆2000億円だったのに対し、15年度は1兆円増の2兆2000億円に膨らむと予想している。 電力・産業用特化で高い競争力 電機業界で「選択と集中」が際立つ東芝が、太陽光発電という新たな成長分野に足を踏み入れる。電力・産業用に焦点を絞るのは、保有する電力のシステム技術、販売ルートなどを最大限生かし、後発ながら高い競争力が発揮できると踏んでいるためだ。現在の売上高はわずか数億円に過ぎないが、2015年度に売上高2000億円、世界シェア約9%のアグレッシブな目標がその自信を裏付ける。 住宅用を含む太陽光発電市場はシェア10%以下のメーカーが乱立し、勝者がまだ固まっていない状態。投資負担の重いパネルを外部調達する東芝の戦略は、国内外で存在感を示す液晶テレビ事業と全く同じだ。東芝の参入は業界地図を塗り替える可能性を秘めている。(小熊敦郎)
作者: ミッチャン
更新日:2009年1月6日 15時18分
インターフェイス
人間の心理をつく使いかって良さを追求することであるが、そこには人間の歴史・文化・価値観などがあり、統一した考えで開発は出来ない。 インターフェイスとは、境界を意味する言葉ある。たとえば、人間がドアを開けるとき、ドアのノブをつかむ。その接したときにできる状態をインターフェイスと言う。 簡潔に言ってしまえば、人間にとって良いものが良いインターフェイスなのである。 物のインターフェイスは簡単に変更できても、人間の設計は、変えられるものではない。 それゆえ、良いインターフェイスにするには、モノの設計の方を人間にとって良いものにすればいいのである。 しかし、「人間にとって良い」とは何であるか?道具として良いためには、まず作業を効率良くすることができなければ道具を使う意味がないので、効率を良くすることが良いインターフェイスを作る上では重要になってくる。しかしその効率がまた問題である。 一概には言えるものではなく、目的やその状況も考慮しなければならないのである。 結局インターフェイスを考える際に最も重要なことは『「いかに人間が主体的に、中心的に作業や活動ができるか』ということだと思う。 それは、ようするに「人間のため」を考えるということだと思う。そして、「人間を知る」という根本的な面から深く考えていく必要がある。 ヒューマン・インターフェイス・・・人とコンピュータをつなぐソフトやハードのことで、人が直接操作する画面などが含まれる。銀行のATMなどは、システムについて何も知らない人が使っていますが、実際には巨大なメインフレームのシステムを操作し、利用しているわけである。 よほど良く整理された、使いやすいインターフェイスを持っていなければ、とうてい使うことはできない。一方、実際にATMを操作していると、金額などを入力してから「暗証番号が違います」と言われたり。「最初に言ってくれよ」と思わせてしまうのは、あまり良いインターフェイスとは言えない。 人間にとっていかに優しく、使い心地の良いシステムにできるか。これはせっかく開発したシステムが利用してもらえるかどうか、が最大のポイントである。例えばインターネットを閲覧するブラウザソフトでも、最初に登場したときは、ボタンが大きく盛り上がったデザインになっており、いかにも「ボタン」然としたデザインになっていたが、使い慣れていない人でも、ひと目で「ここを押すと何かが起こるのだな」と分かった。 しかし、世界中の人がブラウザの基本を理解した今では、あまり大げさにボタンを出っ張ったデザインにしなくても大丈夫である。このように、改良し進化して行くのである。大事なことは原理原則を忘れないでいる事であると思う。
作者: ミッチャン
更新日:2009年1月6日 14時36分
政治の出番だ
日比谷の派遣村に500人が年を越した。今朝の毎日新聞社説に、「年越し派遣村・今度こそ政治の出番だ」のタイトル書かれていた。 東京・日比谷公園の「年越し派遣村」に男性(55)がたどり着いたのは年明けの2日。それまでの3日間、上野公園で野宿したが、新聞で村のことを知った。群馬県の自動車部品工場の期間従業員だったが、昨年10月に景気悪化を理由に突然契約を切られ、職を探しに上京した。 「テントで寝ることができ、1日3食。本当にありがたい。人間の温かさを感じました」。男性は5日、村の撤収とともに次の宿泊場所となる東京都の施設に移動した。そこで新たな仕事探しを始める。「地方にもこうした動きが広がってほしい」と男性は願う。 派遣村は、仕事と住まいを失った派遣社員や期間従業員らを支援しようと、NPO法人や労働団体などでつくる実行委員会が開設した。12月31日~1月5日の期間中、村に入った労働者は約500人と、実行委の予想をはるかに上回った。茨城から歩いて来た人、自殺しようとしたばかりの人もいた。昨年秋以降急増する「非正規切り」の深刻さを改めて痛感する。 しかし、日本中では、派遣社員・期間社員の失業は85000人と言われている。日比谷公園の派遣村が、マスコミにクローズアップされているが九州初め地方の失業者は一体どう年を越したのだろう。もっと深刻な状態だろう。地方の現状をクローズアップして欲しい。 5日から通常国会が始まる。09年度予算と補正予算などが審議される。関連法案で定額給付金2兆円がある。どうも人気がない。民主党・毎日新聞でも切り離しを訴えている。 麻生首相の政局より政策が優先と言っていたが、どうもタイミングが悪くスピードがないのでは、口先ばかりで実りがない。国民生活は、待ったなしである。 野党の民主党も妥協するところは、妥協し政権交代だけを掲げていても、時間がない案件もある。緊急性が必要な瀕死の状況にある人間を放って置けない。何をさて置き手を打たなければならないこともあるだろう。とにかく人の命が大事である。
作者: ミッチャン
更新日:2009年1月6日 5時5分
「 草石蚕(ちょろぎ)」のこと
今日の名言
由来、人間というものは、自分の姿が見えないので、得てして他人の心の中に理想の姿を持ちやすい。 |
| シューマン『音楽と音楽家』 |
「 草石蚕(ちょろぎ)」左から草→根っこを赤く染めて物→黒豆に添えた正月料理
膝くずし草石蚕をすこし齧りけり仲 栄司
昨日から仕事始めの方も多いなか、今さら正月料理を出すのも心苦しいが、一度紹介してみたかった「草石蚕(ちょろぎ)」をぜひ。実際に目にする機会は、黒豆とともに添えられたおせちのお重のなかでしかないと思われるシソ科イヌゴマ属の多年草の根の部分である。
百合根のような風味なのだが、見た目は名前の通り、蚕というかグロテスクな幼虫のかたちをしており、しかも真っ赤に染められている。初対面ではひと齧りするのもおっかなびっくりという具合であろう。
掲句では膝をくずしたあたりのタイミングも絶妙。一体甘いのやら酸っぱいのやら、果ては食べてもよいものなのかということまで含み、皆目見当のつかない物体なのである。
ちょろぎがおせちに紛れ込んでいる理由のひとつにその名が「長老喜」と当て字されるおめでたい食べ物ということもあり、「せっかくなのだから食べてみたら」と再三勧められたのちおそるおそる伸ばした箸なのか、それとも興味津々の我慢の末、場がなごんだのを機会に「えいっ」と伸ばした箸なのかも気になるところ。愛すべき草石蚕『ダリの時計』(2008)所収。(土肥あき子)
この風変わりな名前は、中国語の「朝露葱」を日本語読みにしたものだろうとされている。根が蚕に似ていることから普通は「草石蚕」と書きますが、「千代呂木」や「長老喜」という字を当てて、長寿を表すおめでたい食べ物としておせちなどに使われているそうだ。
「ちょろぎ」は、江戸時代に中国から伝わったシソ科の多年草で、食用にするのは根にできる塊茎である。黒豆に入れる場合は梅酢で赤く色付けしてあるが、生のときは白く、加熱するとゆり根のような味がする。 山形や岩手が主な産地で、収穫期は10月末~11月。産地では漬物、煮物、吸い物、てんぷらなどに使う。また、中国からイギリスやフランスにも伝わって栽培されている。特にフランスではクリーム煮やサラダなどに利用され、好評だったようだ。
実際私は見たこともないし、食べたこともない。草は見たことがあるかな?
作者: ミッチャン
更新日:2009年1月6日 4時32分
現実を把握して!
麻生首相の記者会見で、「安心に暮らせる日本 活力ある日本この思いを年始めの字に込めたい」と切り出した麻生首相が、用意していた色紙に書いた言葉が「安心 活力」。 年頭会見で、書き初めを披露したのは極めて異例という。昨2008年来、何度かあった会見、あの手この手で言い繕うが、その度に空虚な言葉が響く首相も異例だ。 しかも今回、ご念が入っているのは、冒頭に取ってつけたように引き合いに出したフランスの哲学者アランが書いた『幸福論』の一節。「『悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである』、好きな言葉であり、ある哲学者の言葉です」。 第171通常国会は、今日から始まった。会期は6月3日まで150日間である。政府・与党が今月中旬に予定する第二次補正予算と関連法案の衆院採決が最初のヤマ場となる。民主党は第二補正予算案からの定額給付金切り離し要求。 今後、総額2兆円の定額給付金を「選挙目当てのばらまき」として削除を求める修正案を提出、自民党内の造反を誘う構え。首相が切り離しを拒否したことを受け、民主党は修正案提出を与党側に通告した。 衆院では2次補正、関連法案ともに与党の賛成多数で可決される見通しだが、自民党内から17人以上の造反が出れば、関連法案の参院否決などの場合に3分の2以上の賛成が必要となる衆院再可決が難しくなり、政権は窮地に追い込まれる。 しかし、通常国会の初日にフランスの哲学者の言葉を引用したかその心情が分からない。 作家の吉永みち子氏は、テレビのスーパーモーニングで、「失政の本人がこれを言ってしまう神経が分からない。楽観って意志だけではない。悲観的な状況をすべて、実際に見た上で、前を向いていこうと…。でなければ、単なるノーテンキ」と
作者: ミッチャン
更新日:2009年1月5日 14時3分
真剣に国民の目線で
今日から国会が始まるが、麻生太郎首相が「政局より政策」と言ったものの、対決姿勢を崩さない以上、2次補正の提出をここまで遅らせたのも、衆院解散に追い込まれるのを恐れる政府・与党の、政局への思惑あってのことだ。 派遣労働者の失業問題は、東京渋谷の派遣村だけではない。地方の失業者は、明日の命も保障されない人達がいる。企業の資金繰りはますます厳しくなり。それに間に合わせるのは与野党共通の責任だ。 野党の側も、単に政府与党の足を引っ張るだけでは済まされない。 その責任を果たすために、与野党に提案したい。予算の成立が遅れていちばん困るのは国民なのだから、早期成立を最優先に譲歩することだ。 主権は国民である事を忘れては困る。真剣に国民の目線で政治を! 朝日新聞社説・・・総選挙の年が明けた。混迷と停滞が続く政治に、ようやく民意をぶつける機会がやってくる。 引き続き自民、公明両党に政権を委ねるか、民主党中心の政権に交代させるか。「国のかたち」について、有権者の側も真剣に考える年になる。 そんな決戦の年の幕開けとなる通常国会の開会を前に、麻生首相、小沢民主党代表がきのう、来るべき総選挙への決意を語った。「効果的な経済対策を迅速に打てるのは自民党だ」。首相がそう胸を張れば、小沢氏は「自公政権では危機を克服できない」と切り返す。対決ムードは高まるばかりだ。 だが、この国会の最大の使命は、何と言っても昨年来、急激に深刻化する景気と雇用の危機の中で国民の生活をどう守っていくかにある。政府が出す2次補正予算案には、中小企業への保証・貸出枠の拡大、09年度当初予算案には財政出動による景気対策や非正規労働者への雇用保険適用などが盛られている。与野党の突っ張り合いで実現が遅れてしまうのは、何としても避けねばならない。 首相が「政局より政策」と言いつつ、対決姿勢を崩さない以上、野党側も簡単には譲れないというのはその通りだろう。2次補正の提出をここまで遅らせたのも、衆院解散に追い込まれるのを恐れる首相や与党の、政局への思惑あってのことではなかったか。 一方で、3月の年度末に向けて、企業の資金繰りはますます厳しくなる。それに間に合わせるのは与野党共通の責任だ。野党の側も、単に政府与党の足を引っ張るだけでは済まされない。 その責任を果たすために、与野党に提案したい。予算の成立が遅れていちばん困るのは国民なのだから、早期成立を最優先に譲り合うことだ。 まず首相は、野党がこぞって反対する定額給付金を2次補正から除く。引き換えに、民主党など野党はそれ以外の2次補正を速やかに受け入れる。当初予算についても、同じように双方の歩み寄りが必要だ。そのためには、首相が予算や関連法案の成立後ただちに衆院を解散すると約束することが欠かせまい。 だが、首相はきのうの記者会見で、野党との「話し合い解散」の可能性を明確に否定した。60日ルールによる衆院の再議決で押し通す構えのようだが、それでは混迷は長引く。対決一辺倒では政治の無責任というほかない。 首相には解散を口にした途端、与党内の求心力が失われ、政権が失速する恐怖があるのかもしれない。しかし、いまの政治の機能不全は、2年前の参院選での惨敗以後、3代の自民党政権が総選挙の洗礼を先延ばししてきたことに起因する。政治のリセットから逃げ続けることはもう許されない。
作者: ミッチャン
更新日:2009年1月5日 10時47分
仕事初め
今日の名言 議論なんか、いくらしたって物事は、はかどるもんじゃありません。行うべし言うべからずですよ。 モリエール『ドン・ジュアン』 仕事始のスイッチ祷るが如く入る 啄 光影仕事始め。この不況下だから、今日から通常業務とする会社が多いかもしれない。私が二十代のサラリーマンだった頃は、ずいぶん暢気なものだった。定時までに出勤はするが、朝一番に社長の年頭の挨拶があり、終わると酒が出た。 仕事熱心な者は、それでもあちこちに新年の挨拶の電話をかけたり、年始回りをやったりしていたけれど、たいがいは飲みながらの雑談に興じたものだった。あとは三々五々と流れ解散である。なかにはこの状態を見越して計画的に欠勤する人もいたくらいだ。 平井照敏によれば、昔は大工は鉋だけ研ぎ、農家は藁一束だけ打ち、きこりは鋸の目立てだけしたそうである。掲句はいつごろの句か知らないが、昔の句だとすると、工場の機械の点検だけの「仕事始め」と受け取れる。日頃調子の良くない機械なのだろう。 明日からの本格的な仕事に備えて、正月明けくらいはちゃんと動いてくれよと、祷(いの)るような思いでスイッチを入れている図だ。そしておそらく、試運転は成功だった。安堵した作者の顔が見えるようだ。今日は、同じような思いで会社のパソコンのスイッチを入れる人も、きっといるはずである。『新歳時記・新年』(1990・河出文庫)所載。(清水哲男) 昔、百姓だった我が家では、正月は色々な行事があった。「農立て」は農家における田畑の初鍬入れで、仕事始めの儀式であり、田畑の神をことほぐ行事である。「山入り」と共に、正月の大切な行事のひとつである。「鍬入れ」「鍬入り」「農立て」「みさぎ」「おからす」「農はじめ」「鍬開き」「田の神さま」など、いろいろに言われるそうだ。 この日まで田畑に入らず、年男が早朝入浴して身を清め、紙垂をつけた松と榊を持ってゆき田畑に立てる。餅と饌米とを供えて、その年の恵方に向かって鍬で三度耕し、一年の豊穣を祈念する予祝行事である。 そんな百姓に行事も、忘れさせるように、開発が進み、田畑がマンションが建ち昔の面影がなくなってしまった。 いま、政府は食料の自給率を上げるため、遊休地を開発することに力を入れるそうだが、3Kの農作業を希望する人がいない。後継者の農業従事者は深刻な事になっている。 派遣村の人たちが農業に転職とはいかないものかな・・・。国会も仕事始めだ。
作者: ミッチャン
更新日:2009年1月5日 10時11分


