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崩壊の悪夢 日本勢覆う ビッグ3、見えぬ救済の道

★首都圏リーシングと土地活用のビジネス戦記



崩壊の悪夢 日本勢覆う ビッグ3、見えぬ救済の道

12月4日 フジサンケイ ビジネスアイ

 経営危機に陥っているGM(ゼネラル・モーターズ)、フォード・モーター、クライスラーの米自動車大手3社(ビッグスリー)が米議会に再建計画を提出し、3社の資金支援要請額は最大340億ドル(約3兆1790億円)に膨れ上がった。特にGMは予想以上に深刻な状況にあることが判明した。ただ、救済法案が可決するかはなお不透明で、仮に1社でも破綻(はたん)するような事態になれば、日本の自動車メーカーも大きな打撃を受けることは確実だ。日本メーカーがビッグスリー支援へ動く可能性はあるのか。

 ≪部品業界も窮地に≫

 「(ビッグスリーが)危険な状態になれば、われわれも大変なことになる」

 ホンダの福井威夫社長は米政府の救済策を支持する。ビッグスリーも日本メーカーも、同じ部品メーカーに依存しているからだ。自動車業界は世界中で、同じ部品メーカーから供給を受けるケースが多く、その数は数百社に上る。仮にGMが破綻すれば、傘下の部品メーカーが連鎖倒産する可能性もある。ボルト1本でも欠ければ自動車は作れないだけに、日系メーカーにとっても頭の痛い問題。「米国依存度の高いトヨタ自動車やホンダが大きなダメージを受ける」(業界筋)との声もある。

 自動車部品大手のボッシュ日本法人のステファン・ストッカー社長も「欧州の完成車メーカーに泣きつく部品会社もいる。今後は体力の弱い部品メーカーの淘汰(とうた)が進む」と、ビッグスリーの危機が部品業界の再編を誘発するとの見方を示す。

 ビッグスリーの動向が経営に重大な影響を与えるのは、蜜月関係にあったスズキとマツダだ。GMが全保有株を売却し、資本関係を事実上解消したスズキだが、販売台数はトヨタの約4分の1。莫大(ばくだい)な投資が必要な環境技術を単独で開発するのは苦しい。今後も業務提携は続けるが、仮にGMが破綻すれば次のパートナー探しが不可欠。鈴木修会長も「これからの提携は親子関係というより、普通の『親戚(しんせき)付き合い』のような(資本に依存しない)提携が増える」と次の展開に備える。

 フォードが経営権を手放したマツダについても市場は手厳しい。フォードと車台を共通化したり、海外でも合弁生産を行って負担を抑え規模の小ささを補完してきたが、仮にフォードが重大な経営危機に陥れば「他社との連携が必要だ」(アナリスト)との見方が根強い。

 ≪「環境」軸に連合?≫

 今回、GMやフォードは「サターン」「サーブ」「ボルボ」などのブランド売却を視野に入れた戦略見直しを計画に盛り込んだ。ただ、世界中の自動車市場が落ち込み、経営状態は悪化の一途。日本メーカーどころか、中国など新興国メーカーですらこうしたブランドを「今は買収できる体力がない」(日系メーカー幹部)とみられる。

 業界きっての再編論者である日産自動車のカルロス・ゴーン社長も「M&A(企業の合併・買収)には資金が必要。特に自動車メーカーの時価総額は平均75%も落ちた。現下の情勢では無理」とあきらめ気味だ。

 むしろ今回の再建計画に日本勢が関与するとすれば、ビッグスリーがそろってハイブリッド車や電気自動車の開発・投入などを掲げたことだ。トヨタやホンダ、日産は環境対応車で一日の長があるうえ、電機業界でも日立製作所がGMに次世代リチウムイオン電池を供給する関係にある。莫大な開発投資を分担するため、米国内で開発する環境対応車に関して「ビッグスリーを中心に日欧のメーカーも加わる企業連合に発展する可能性もある」(日本メーカー)との見方もある。(田端素央)



 ビッグ3がアジア、欧州勢にシェアを奪われること自体は、今に始まったことではない。20世紀に入って70年間、市場の90%超を握っていた米国勢だが、昨年12月の米国乗用車及び小型トラック販売台数に占めるシェアは50.6%まで低下。104年の歴史を持つフォードは昨年、全米2位の座をトヨタ自動車に奪われた。★首都圏リーシングと土地活用のビジネス戦記

 今回何が違うかというと、ビッグ3の販売減少とシェア低下が経済全体に大きな影響を与えるということだ。かつて米国メーカーはインセンティブを増やす一方で余剰生産分をレンタカー会社に売り、減産を避けた。米シカゴ連銀のエコノミスト、トーマス・クライアー氏曰く、「以前は生産を調整する代わりに価格を調整していた」わけだ。

 ところが、昨年秋にUAWと交渉した新たな労使契約により、メーカー各社の対策の余地が広がった。ジョブバンク制度*1は存続も危ういし、会社は安い賃金で新規採用できるようになった。「人件費は再び変動費となり、生産量を調整できるようになった」(クライアー氏)のである。

 GMとフォードは昨年、利益率の低いレンタカー販売を24万台減らした。フォードCEO(最高経営責任者)のアラン・ムラーリー氏は先日、来年の黒字転換という目標達成のために必要なだけ北米生産台数を減らす意向を示し、「毎月、市場を見て需要を確認する」と語った。米グローバルインサイトによると、ビッグ3の生産台数は昨年の950万台から今年880万台に減る見通しだ。



オバマ氏のニューニューディール政策の先鞭になるでしょうか??

作者:

更新日:2008年12月5日 8時14分

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Elvis Costello - エルビスコステロのボーカル いいね!!!

★首都圏リーシングと土地活用のビジネス戦記



エルヴィス・コステロのアルバムを聞いています。大人っぽくていいです。



Elvis Costello & B. Bacharach - Painted From Memory



SHE (ELVIS COSTELLO)




SMILL(ELVIS COSTELLO)









ロック、ジャズ、クラッシックまで、才能あふれるメガネのおじさん!!!

コステロのお嫁さんは、大好きなジャズボーカルのダイアナクラル、

カントリーの大御所、ウイリーネルソンとのセッションなんて、

ほんとぜいたく、クレイジーだね!!!






Diana Krall - Fly me to the moon



ジャズボーカルのダイアナクラルも、

すばらしいボーカルです。




★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記



ELVIS COSTELLO エルヴィス・コステロ

本名デクラン・パトリック・マクマナス、1954年8月25日ロンドン郊外に生まれ、リヴァプールで育つ。父親はビッグ・バンドのシンガー/トランペット奏者。エルヴィス・プレスリーと母の旧姓アボット・コステロから成るエルヴィス・コステロの名前で77年3月にインディ・レーベルよりシングル「レス・ザン・ゼロ」でデビュー。その2か月後には、あの傑作「アリスン」がリリースされ、デビュー・アルバム『マイ・エイム・イズ・トゥルー』が大ヒットを記録。この後アトラクションズを結成、ツアーも積極的に開始。78年11月には初来日を果たす。80年前後にレコード・ヒットを連発させて人気を高めたところで自ら音楽的な成長を求め、81年にカントリー・アルバムを制作する等、一時活動はスロー・ダウンする。89年、ポール・マッカートニーと共作した「ヴェロニカ」がヒット。また、本流のアルバム作りと並行して弦楽四重奏ブロドスキー・クァルテットと共作したり、ジャズ・アーティストと共演したりと世界を広げていったが、その一つの頂点になったのが98年の傑作『ペインテッド・フロム・メモリー』。99年にはジュリア・ロバーツ主演映画『ノッティングヒルの恋人』の主題歌となった「She」が大ヒット。そしてクラシックのレーベルから『ペインテッド~』の曲をビル・フリゼールがアレンジした『スウィーティスト・パンチ』とクラシック・シンガーとのコラボレーション・アルバムをリリース。2002年、7年ぶりのソロ名義アルバム『ホエン・アイ・ワズ・クルーエル』をリリース。日本盤にはテレビ・ドラマの主題歌「スマイル」がボーナス・トラックとして収録された。秋には来日公演を行った。2003年夏FUJI ROCK FESTIVAL出演し、秋にジャズ・アルバム『ノース』をリリースした後の冬にも来日公演を果たす。翌年ジ・インポスターズを従えてのアルバム『ザ・デリヴァリー・マン』を発表し、再度来日公演を行った。2003年にはジャズシンガーのダイアナ・クラールと3度目の結婚。2006年に双子の息子が生まれている。

作者:

更新日:2008年12月4日 22時9分

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中国系投資家の“正体”であろうと思われる中国投資有限責任公司

★首都圏リーシングと土地活用のビジネス戦記



中国系投資家の“正体”であろうと思われる中国投資有限責任公司


中国投資有限責任公司、国際帝石<1605.T>など日本株投資を検討=英紙

2008年 02月 25日

 [東京 24日 ロイター] 中国の政府系ファンド(SWF)である中国投資有限責任公司は、100億ドル規模の日本株式を取得する計画で、国際石油開発帝石ホールディングス(1605.T: 株価, ニュース, レポート)株式の大量取得を検討する可能性がある。英紙タイムズ(電子版)が23日、渡辺喜美金融担当相に近い匿名の関係筋の話として伝えた。

 それによると、中国投資は「かなりの量の」国際帝石株式を含め、複数の東京証券取引所上場銘柄に投資する可能性があるという。

 中国投資は、当面は東京市場の上場銘柄を中心に投資し、いずれは不動産などへの直接投資にも移行する方針。今月末までに、東京での投資を担当するファンドマネジャーについて発表する見通しだという。

中国投資有限責任公司

中国政府が設立した政府系ファンド。通称「CIC(The China Investment Corp.)」。中国政府が保有する外貨準備資産を運用するために2007年に設立された。中国以外の国々の株式などにも自国の利益と合致すれば積極的に投資している。


北京、米国不動産買い物ツアー 半数が子女の留学に備え
  「人民網日本語版」2008年12月02日から転載


 米国不動産が底値となっているチャンスを機に、北京で初となる不動産購入ツアーが企画され、来月にも米国に出発する予定だ。すでにツアー参加者の人数は30人以上に達しており、その6割前後が不動産業界の関係者で、半数が子女の留学に備えて住宅を購入するのが目的だという。法制晩報が伝えた。

 今回の米国不動産購入ツアーの日程は10日間。09年1月15日に北京を発ち、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ラスベガスの3都市で不動産を視察しながら観光地を回り、24日にロサンゼルスから北京への帰途に着く。

 米国不動産購入ツアーの主催者である「捜房網中古住宅集団」の関係責任者によると、不動産購入ツアーが今回重点的に視察する物件は、基本的にすべて、サブプライム危機の影響を受けた、ローンの返済不履行の物件であり、その販売価格は4万~10万ドルで、人民元にして25万~70万元といったところだ。

 中国の不動産価格の上昇および人民元切り上げに相対する米国の不動産価格の下落および米ドル下落は、国内投資者の米国不動産投資を推し進める原動力となっている。また、人民元の度重なる切り上げにより、中国人が米国で生活し消費するほうが得であること、さらに米国のサブプライム危機による抵当住宅が安く販売されていることが、投資家の米国投資への願望をあおっている。

 米国不動産購入ツアーの参加者の半数前後は、子女の留学に備えた住宅購入を目的としている。米国不動産が低迷している時に住宅を購入しておき、子女が米国留学したときには、一緒に近くで暮らすという計画だ。ツアー参加者である陳さんは「うちの娘は今年8月から、米国西海岸に留学しているんだ。もし本当に安い物件なら、1軒でもいいから購入したいね。それに、このツアーのついでに娘に会いに行けるしね」と話す。

 これについて専門家は、「底値投資のチャンスだが、短期的なハイリターンは無理」という見方だ。

 漢博投資集団の王永顧問執行董事は、「長期投資として見るなら、米国での不動産投資はリスクが少なく、安定した収益に、高いリターンが見込めるだろう。サブプライム危機および金融危機の影響を受け、米国の不動産価格は以前よりも下落している。子女の米国留学に備え、あるいはビジネス上の往来が多く住居が必要であれば、米国の不動産に投資するのは今がいいチャンスだろう」と指摘する。このほか、人民元の対米ドル中値(基準レート)が、1ドル6.8505元と、ドル安が続いており、人民元をもって米国で生活および消費するのは今がいい機会だという。

 経済評論家の牛刀氏によると、サブプライム危機により、ローン返済の不履行が続発し、今の不動産は確かに低価格だ。中国の消費者が、自分が住むための住宅を買う必要があるのなら、今がお買い時である。しかしそれと同時に、牛刀氏は「全ての投資にはリスクがつきもの。今、金融危機の影響を受け、米国経済は見通しが立たない状態だ。今、米国で底値投資することは同じくリスクが伴う」と警告する。米国の国情は中国とは異なり、自分が暮らすために住宅を購入することがほとんどで、投資目的は比較的少ない。「今、米国の不動産は低価で購入できるが、短期的にハイリターンが得られる可能性は少ないだろう」ということだ。(編集WM)

■なぜ、日本の不動産を買いたいのか?

 今回上海で「日本の不動産を購入したい」というニーズのありそうな個人投資家たちにアンケートを行なった。その結果によると、
彼らのニーズと背景はおおむね以下の通りとなることが判明した。

1. 日本の不動産に興味を持っている人々の共通点は、以下の点において日本に好感を持っている人たちということであった。
(1)安定、清潔、便利、そして礼儀正しい社会。
(2)自然環境に恵まれ公害の少ない社会環境。
(3)中国から飛行機にて数時間で行き来できる距離感。

2. 特に、上海では、80年代に日本への出稼ぎを目的として出国ブームがあったこともあり、その時に日本で小金をため込み、
その後上海で事業を起こして資産家となっている層が相当存在する。そうした人たちは、現在も日本とビジネスをしたり、または
子息や親せきが日本に在住しているケースが多く、今でも日本との行き来を頻繁に行なっている。その中で、こうした層の人々は、
子息や親せきのため、もしくは自分自身がビジネスや休暇で日本に行く時のための居所として日本の不動産を保有しておきたい
というニーズが相当ある。

3. 上記2の人々のように日本と直接の関係がなくとも、日本に好感を持ち、子息を留学させたり、自分の商売が一段落したら、
日本と中国を行ったり来たりと悠々自適な生活を送りたいと考えている人が多数存在した(今回参加した中小企業のオーナー
たちはおおむねこの分類)。

4. 国際分散投資の一環として、日本にも優良資産を持っておきたいというニーズも多数見られた。こうした人は既に中国以外に、
米国、豪州、欧州、東南アジアなどに不動産を有しているケースが多い。




中国バワー、あると思うねー!!!


金融混乱終息まで様子見 中国投資が凍結宣言
2008/12/4

 資金規模2000億ドル(約18兆7000億円)を誇る中国政府系ファンド(SWF)、中国投資公司(CIC)の楼継偉会長は3日、先進国の政府が支援策を確立するまで外国の金融機関には一切、投資しないとの考えを表明した。

 同会長は同日、香港で開かれた会合で「現時点で、あえて金融機関に投資しようとは思わない」と発言。その上で、「先進国の金融機関に対する政策姿勢は不透明だ。明確になるまで、そうした分野には投資しないつもりだ。投資先が破綻(はたん)すれば、すべてを失うからだ」と理由を説明した。

 CICは07年、米証券大手モルガンスタンレーに50億ドル、世界最大の米プライベートエクイティ(PE、未公開株)投資会社ブラックストーン・グループに30億ドルをそれぞれ投資した。しかし、購入後にモルガン株は77%、ブラックストーン株は85%それぞれ下落し、多額の損失を出している。

 楼会長は、海外の他業界で投資機会を探ると述べたが、具体的な投資対象などは明らかにしなかった。(Nipa Piboontanasawat、James Peng)


外国の金融機関には一切、投資しない、ミソですねー!!

作者:

更新日:2008年12月4日 9時9分

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三菱航空機「MRJ」世界市場攻略 半世紀ぶりの国産旅客機開発

★首都圏リーシングと土地活用のビジネス戦記


2008年10月30日日経BP

「ミスター戦闘機」の異動
 「な、なんで私なのですか!」
 宮川淳一は、あまりの驚きに思わず声を発していた。

 2007年2月のある日。三菱重工業名古屋航空宇宙システム製作所。副所長(当時)は、防衛省向けの航空機技術部長だった宮川を呼ぶと、「お前、4月からMジェットになったぞ」と、唐突に内示したのだ。「Mジェット」とは、開発を進めている小型ジェット旅客機の呼称。現在は正式に、「MRJ(三菱リージョナルジェット)」となった。

三菱航空機の宮川淳一常務執行役員プロジェクトマネージャー。東京大学工学部航空学科を卒業して1978年に入社。防衛省向けの戦闘機開発畑が長かった。2007年4月に旅客機プロジェクトに異動。2008年4月、三菱航空機の設立に伴い現職に就く。東京生まれの東京育ち。子供の頃は、第二次世界大戦中の戦闘機のプラモデルをよくつくった。「ゼロ戦」や「月光」という三菱が手掛けた海軍機ばかりでなく、「飛燕(ひえん=三式戦闘機)」など中島飛行機の陸軍機にも興味があったという

 戦闘機開発から民間旅客機の開発へ。現在流れている主力事業から、将来に向けた未知の事業へ。サラリーマンなら、誰でも、予期せぬ異動を経験することはある。しかし、宮川はこのときを「腰が抜けるほど青天の霹靂だった」と振り返る。なぜなら、あまりにも異例の人事異動だったからだ。
 防衛関連ビジネスは、国の中期防衛力整備計画に基づいて決定されていく。中期防は5年スパン(現在は2005年度-2009年度)。それに合わせて、三菱重工も事業計画を立てていた。

 1978年に東京大学工学部航空学科を卒業して入社した宮川は防衛畑が長い。航空機技術部長に昇格したのは、現在の中期防が始まった2005年。それ以前は、防衛省のステルス実証機の主任研究者であり、社内では、“戦闘機畑のエース”と目されていた。内示を受けたときも、2005年度-2009年度の中期防の期間中に予定されている、いわゆるFX(次期戦闘機導入計画)に対応する社内プロジェクトの責任者も務めていた。
 「何で自分なのか……。俺が抜けて、ディフェンス(防衛省向け)は、やっていけるのか」
 宮川は混惑せざるを得なかった。だが、サラリーマンは辞令には抗えない。

「YS-11」以来、半世紀ぶりの国産機開発

 やがて、宮川は大きな不安に襲われる。4月以降、何から、どう始めたらいいのか、皆目見当がつかなかったからだ。
 プロジェクトマネージャーとして赴任する宮川に課せられた最大のミッションは、国産旅客機という新たな事業の成功である。具体的には、成功させるための事業計画を打ち立てることだった。
 「プロジェクトが動いていたのは、もちろん知っていました。メンバーに選ばれていた後輩の技術的な相談に乗ったりしていましたから。しかし、まさか、自分がやることになるとは……。予想だにしなかった。とんでもないことになったという不安でいっぱいでした」
 航空機技術部長だったころ、宮川は250人もの部下を預かっていた。これに対し、このときMRJは、まだ部にも昇格していないチーム。メンバーは設計技術者を中心に30人ほど。
 「こんな少ない人数で、何をやれと言うんだ」
 こう考えると、不安はさらに増幅していく。
 MRJプロジェクトはプロペラ旅客機の「YS-11」以来、半世紀ぶりとなる国産旅客機開発。座席数70~90の中距離用で、1日に何度も離発着することを前提とする。2011年の初飛行(ロールアウト)、2013年の就航をめざしている。
 もともとは、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が2003年に公募した「環境適応型高性能小型旅客機研究開発」(民間航空機基盤技術プログラム)に、三菱重工が中核として参画したのがMRJの始まり。同プログラムの期間は2003年~2013年の11年間。富士重工業と日本航空機開発協会も参加し、富士重は主翼開発を担当する計画で始まった。

「プロダクトサポート」からの切り替え

 桜が散った4月となり、宮川に一本の電話が入る。果たして相手は、東大航空学科の同期で航空会社に勤務する友人だった。
 「(民間旅客機を)やるんだってなあ。どれだけ大変な仕事か教えてやる。みんなを集めるから、すぐに東京に出てこい」
 大衆的な居酒屋で、友人たちは待っていた。みな、日本航空と全日空の社員ばかり。運航や整備部門に従事する技術者たちだった。上京した宮川は、旧交を温める余裕もなく、ひたすら酒を胃袋へと流し込む。
 「旅客機は、売った後が大変なんだよ」。赤ら顔ながら冷静な目で、一人が言う。新型機を運航させるためには、新型機に応じた整備設備が必要になる。パイロットはもちろん、整備員や客室乗務員も新型機用に教育を施さなければならない。
 「教育までフォローできるのか?」
 「そもそも、(三菱)重工は飛行機を営業した経験がないだろう。YS-11のときとは状況が違うぞ」
 「そうそう、つくれば必ず売れるという保証はない」
 「われわれは1機だけ買うわけにはいかない。大きな投資になる……」
 「(座席数が60~100席の)リージョナルジェットは、これから競争が激しくなる。ロシアや中国も入ってくるんだ」
 「まだ間に合うだろう。国産機なんてあきらめて、国やボーイングの受注だけやっていたらどうだ。メーカーとして参入するのは、大変だぞ」
 宮川は友人たちの言葉を黙って聴いていたが、心の内側では思っていた。「受注メーカーのままなら、短期的なリスクは少ない。しかし、今は三菱が、いや日本の航空機産業が、完成品メーカーとして参入できる最後のチャンス。受注メーカーでは、ものづくりの自由度は限定されるうえ、何より発注を切られたら終わってしまう。自動車に続く、日本の大きな産業としてのジェット旅客機を、俺たちは立ち上げなければならない。もちろん、参入は大変なことであり、社内に難問は山積している。俺は、変えなければならない」。優良な下請けから挑戦する元請けへ、企業体質を変える必要に宮川は迫られた。
 名古屋に帰った宮川は、ある行動に出る。それまで三菱重工では、納入後にアフターフォローする部署を「プロダクトサポート」と呼んでいた。MRJチームでは、これを「カスタマーサポート」と呼ぶことに、すぐに変更させた。その後、チームには試験部門の人員などが増員されていくが、この年(2007年)の秋までには、「購買部」も「SCM(サプライチェーンマネジメント)部」と名称を変更させてしまう。一種の意識改革である。

三菱重工が経験しなかった領域

 いま、宮川は言う。
 「友人たちと話していて、“プロダクトサポート”という意識はとんでもないことだと気づきました。サポートするのはお客様。発想をガラリと変える必要があった。購買部の名称変更も同じです。航空機は60万点から70万点の部品で構成されます。膨大な部品を統合するのがメーカーの役割。だから、隠然とした力を持つ購買部としてふんぞり返っていたら、サプライヤー(納入業者)の協力を得られない。新規ビジネスで最も大切なことは、チーム内の組織化、そしてメンバーの意識を新しいビジネスに合ったものに変えることです」
 距離を置いていたものの、航空機技術部長のときからMRJプロジェクトを見ていた宮川は、「これまで経験のない領域がある」ことを感じ取っていた。その一番は営業である。三菱重工にも、営業部もあれば、営業マンも、もちろんいる。しかし、問題はその中身だ。
 「ウチの営業マンは頭を下げたことがない。“前垂れ精神“のかけらもないのです」
 防衛省やNEDOといった国家組織、それにボーイング社やエアバス社など取引先が限られているし、技術が評価されれば仕事を出してくれる。営業マンは自社の都合に合わせて、発注先と調整すれば仕事は成立した。
 しかし、旅客機の営業はそうはいかない。買う気のない相手にも自社商品を売り込まなければならない。しかも、三菱重工は新参者でありエアライン(航空会社)は、三菱重工とMRJについてほとんど知らないのだ。

国産旅客機開発は、電機、自動車など国内のさまざまな産業への訴求効果も期待される

 友人たちが指摘したように、リージョナルジェット市場は今後競争が激化する。すでに、カナダのボンバルディア社とブラジルのエンブラエル社が高いシェアをもっていて、ここに中国とロシアの企業が新規参入してくる。
 MRJの開発費用はトータルで1500億~1800億円と見込まれており、価格は1機30億~40億円の予定。エアラインは1機だけを購入することはなく、10機あるいは20機とユニットで購入する。さらに、訓練設備や地上支援機材も購入しなければならず、1回あたりの取り引きは少なくても1000億円に膨れあがる。
 しかも、安売り航空券や燃料高、競争激化により、エアラインの経営はどこも厳しい。そうした相手に、頭を下げない営業スタイルが通用するはずもない。

「環境」を軸にするコンセプトの誕生

 組織改革とメンバーの意識改革は、プロジェクトリーダーとして取り組まなければならない最優先事項だったが、もう一つ、速やかにつくり上げなければならないことがあった。
 それは、MRJそのものの商品コンセプトだ。宮川は4月に異動になったが、6月にはパリ航空ショーを控えていた。パリでは実物大の客室モックアップを公開する予定だったが、プレゼンの際、コンセプトの説明は必須だった。
 4月に宮川が最初に見せられたのは、一枚のコンセプト図。縦軸に「オペレーティングコスト(運航経済性)」、横軸に「キャビンコンフォート(客室快適性)」とあった。この座標図には、三つのマークが記されていた。一つはボンバルディアの「CRJ」。快適性は低いものの経済性がそこそこ高い位置に。次はエンブラエルの「EMB」で、経済性は低いが快適性はそれなりに高いポイントに。そして、MRJは両方とも高いところに、位置づけられていた。
 「これじゃダメだ! ライバル機との相対的な価値を訴えても意味はない。中国とロシアが入ってきたら、あるいは競合他社が新型機を投入してきたら再びプロットするのか。そうではなく、MRJの絶対的な価値、すなわち“売り”を訴えなければ」
 考え抜いた宮川は、パリ航空ショーの直前、MRJの三つのコンセプトを考え出す。
環境:優れた燃費と低騒音
乗客:快適な客室
エアライン:優れた経済性
 この時点で、MRJのコンセプトに初めて「地球環境」が入った。しかも、中心に位置づけられたのだ。
 「欧州の人たち、特にドイツの人と話していて、これからは環境の時代であると強く感じた」と、宮川は話す。現実に、航空機に対する環境規制は、これから世界的に高まっていく。
 「地球環境」「乗客」「エアライン」と三者を“ステイクホルダー(利害関係者)”とするコンセプトは出来上がった。

ひたすら読書感想文を書いた小学生時代

三菱航空機の戸田信雄社長。1945年生まれ。東京大学工学部航空学科を卒業し1969年に三菱重工業入社、名古屋航空宇宙システム製作所所長などを経て2008年4月から現職
 ところで、技術者の多くは、論理的な思考や理解力がある一方で、技術内容を説明することが苦手だったり、コンセプトメイクは上手くなかったりすると言われる。
 1954年生まれの宮川は、東京・世田谷生まれの世田谷育ち。区立北沢小学校4年生から6年生の3年間、担任だったK先生から大きな影響を受けた。この3年間、宮川は国語の教科書を開いた記憶がない。教科書による授業ではなく、ひたすら本を読まされ、読書感想文を書かされたというのである。
 児童向けの偉人伝や歴史書、科学本、宮沢賢治や漱石と、広いジャンルで何でも読まされた。図書館や書店で本を求め、読み終えると、鉛筆を持ち原稿用紙に向かう。いまの大学生のように、ネット検索からコピー・アンド・ペーストしてレポートをつくるのとは訳が違う。小学生が手書きで文章をまとめるのである。
 偏差値を上げることを最大の目的とする“お受験”の時代の今では、きっとPTAからクレームの一つも来ただろう。だが、1960年代のおおらかな時代だった。
 「小学校時代の先生のやり方が、実は大人になってから本当に役に立っているのです。自分で考える力、思索する力を育んでくれたのですから」
 パリ航空ショーの直前、自ら考えた、環境を中心としたコンセプトを、宮川はプロジェクトの責任者である名古屋航空機製作所長の戸田信雄(当時、現在は三菱航空機社長)に、気持ちのたかぶりを抑えながら説明した。
 黙って聴いていた戸田は、宮川の説明が終わると一言だけ発した。
 「うん、わかった。それで行こう」
 宮川は内心「クリエイティブなアイデアへの評価を、もっとしてくれてもいいじゃないか」と思ったが、言葉にはしなかった。戸田は東大航空学科の先輩だが、感情を表に出さない性格だということを宮川は知っていた。江戸っ子の宮川に対し、戸田は厳しい気候に晒される北陸地方の出身だった。

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背中を押した2つの技術革新

横浜で10月に開かれた「2008年国際航空宇宙展」を動画で紹介。「YS-11」以来の国産旅客機開発の話題もあり、大きな賑わいを見せた(画像をクリックすると国際航空宇宙展の動画レポートをご覧いただけます)

 「時は到来した。ここを逸すれば、チャンスは二度とない。(三菱)重工にも、そして日本にとっても……」
 経営者は認識し、速やかに決断した。前夜、都内にある自宅の天体望遠鏡から彗星を確認していた。暗く澄み切った空の向こう側にある星空の煌めきと同じくらいの重さが、彼の決断には、込められていた。
 2005年のカレンダーも残りわずかなある夜。三菱重工業会長(当時)の西岡喬は、この日までひたすら待ち続けていた。10年などという歳月ではない。四半世紀、いや「YS-11」から数えるなら、ほぼ半世紀に達する。
 東京大学航空学科を卒業し1959年に入社して以来、経営再建に取り組んだ社長時代(1999年~2003年)も含めて、西岡はひたすら待っていた。チャンスが訪れるのを。
 「自前の航空機事業を立ち上げる」
 これは、西岡ばかりではなく、歴代の三菱重工トップの変わらぬ思いだったろう。ただし、西岡はいま、次のように話す。
 「(民間航空機に参入することは)“思い”などという生やさしいものではない。産業立国としてわが国が生き残るため、やらなければならないのが国産航空機事業なのです。航空機には先端技術が採用される。しかも、他の産業への波及効果は絶大。一流の技術立国として、日本が将来も輝き続けられるかどうか、生きるか死ぬかがMRJにかかっているのですよ」
 ではなぜ、この時期に決断したのか。
 「技術革新が二つあったこと。さらに、原油価格が上昇を続けていた。ここがチャンスと捉えた」と、西岡は話す。

石油価格上昇。「燃費が決め手に」
 二つの技術革新とは、機体の軽量化を実現する炭素繊維複合材(CFRP)、および新型エンジンである。両技術により燃費を2割から3割向上できる見通しが立っていた。
 このうちCFRPは、三菱重工が炭素繊維メーカーの東レと組んで加工方法を共同開発し、米ボーイング社が開発を進める次世代中型旅客機「787」の主翼への採用
が決まっていた(この時点で、三菱重工は主翼製作のための工場投資に着手していた)。

米P&W社が新開発した「GTFエンジン」。燃費性能が高く騒音が少ない環境対応型だ。P&W社はこのエンジンを2008年7月に初飛行させ、40時間以上の飛行試験を成功させている(画像提供:三菱航空機)
 エンジンは、米プラット・アンド・ホイットニー(P&W)社が約20年間にわたって開発を進めてきたGTF(ギアド・ターボ・ファン)エンジン。エンジンはファンを大きくするほど燃費性能は向上するが、一方で騒音も大きくなってしまうため、ファンの大型化には限界があった。P&W社が開発中のGTFエンジンは、圧縮機・タービンの主軸とファンの間にギアボックス(変速機構)を介在させることで、ファンの回転数を主軸と独立させて変えられるようにした。これにより、燃費向上と騒音低減を果たし、高い環境性能を実現させたことが特徴だ。MRJに初めて搭載される。
 一方、1990年代を通して1バレル(=約159リットル)10~20ドル台と安値で安定していた原油価格は、2004年には30ドル台後半に、そして2005年10月には1バレル60ドル近くまで上昇する(その後、2008年夏には135ドルまで高騰。秋になって急速に値を下げた)。

 「原油価格がじりじりと上昇を続けるなかで、燃費性能に優れた旅客機、すなわち、環境性能が高いリージョナルジェットは、世界の航空会社から求められていくに違いない」
 三菱重工が中核となって進めているNEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の民間航空機基盤技術プログラム(前編参照)が進行するなか、西岡は、こう判断していた。
 問題は、MRJのプロジェクトリーダーに誰を起用するか。西岡の脳裏には、2人の男の顔が浮かんでいた。
10年に1人の逸材

三菱航空機の首脳。中央が戸田信雄社長、左が宮川常務執行役員。戸田氏は1954年生まれ。東京大学工学部航空学科を卒業し1969年に三菱重工業に入社、名古屋航空宇宙システム製作所所長などを経て2008年4月から現職
 日本の製造業、そして日本の製造業を基盤で支える三菱重工の将来を託すビッグプロジェクトだった。チャンスは一度。失敗は許されない。
 しかも、航空機ビジネスは超長期に及ぶ。最低でも10年、場合によっては40年、50年のロングランだ。現に、好調を持続する欧州エアバス社でさえ、いまだに3兆円もの借金を抱えている。ボーイング社にしても、747でさえ、採算ラインに乗ったのは最近である。
 「(ボーイング)787は、何としても成功させなければならない。787あってのMRJだから……」
 こう考えたとき、候補者は一人に絞られた。
 宮川淳一が「青天の霹靂」と感じた異例の人事異動は、内示される1年以上前に固まっていたのである。
 西岡は言う。
 「ビッグプロジェクトを進めるときに最も大切なのはリーダー。人です。特に最初が肝要。ところが、プロジェクトを任せられる人間は限られるのです。(三菱)重工には毎年何百人と優秀な社員が入社するけれど、プロジェクトリーダーになり得る人物は、10年に一人くらいしかいない。技術だけわかっていてもダメ。調達から開発、生産、サービス、資金、何より営業まで監理できる人間でなければ、とてもでないがやり抜けない。忍耐強さ、積極性、柔軟性、判断力、統率力、まとめ上げる力、情熱……。その人がもっている素質が一番大切です」
 西岡は、自分より18歳も若い宮川に、民間航空機という“夢”を託した。駅伝競技で、たすきを後続ランナーに手渡すように。
複合材使用の功罪
 2007年4月にMRJのプロジェクトマネージャーに就いた宮川は、商品コンセプトの中心に「地球環境」を据えるなど、矢継ぎ早にアクションを起こしていた。
 5月に入り、6月のパリ航空ショーを前に、特徴の一つである炭素繊維複合材(CFRP)の使用をめぐり、プロジェクト内で議論が起こる。
 航空機の機体材料には、アルミを中心とした合金(ジュラルミン)を使うのが一般的。しかし、MRJはリージョナルジェットとして初めて、CFRPの採用が決まっていた。
 三菱重工はCFRPを、ライセンス生産している戦闘機に採用していたほか、787では主翼をはじめ機体材料全体の約50%で使用することをボーイング社との間で決めていた。こうした実績から、MRJでも大幅に取り入れて一段の機体軽量化を図って、環境性能をアップさせる計画だった。が、「胴体にCFRPを採用するのは、リスクが大きい」という意見が出る。

MRJは、YS11以来、ほぼ半世紀ぶりとなる国産旅客機。日本の航空機業界、三菱重工にとっても悲願である。座席数は70~90席。短距離、中距離を一日に何度か運航する。競合する同型機に比べ、最大で30%も燃費効率で上回る環境性能が売り。環境、快適性、経済性をコンセプトに、順調にいけば2011年初飛行、2012年の運航となる
 議論の末、胴体での使用を取りやめアルミ合金に決める。主翼や尾翼などCFRP比率は30%となった。ユーザーである航空会社との話し合いから導き出された結論だった。
 MRJは機体そのものは小さいが、人に合わせるため、窓や扉のサイズは「777」などの大きな機体とあまり変わらない。複合材を使えなくはないが、窓や扉用に穴を開けると補強が必要となり、複合材を使うメリットが小さくなる。
 また、中近距離用のMRJは、1日に10回程度の離発着を行うこともありうる。国際線に就航する大型機が1日1~2回なのとは違い、頻繁に離着陸を繰り返すぶん、空港で荷物を運ぶローダーや牽引車、タラップ車などと接触するリスクが高まるのである。しかも、大型機と違い、背が低いために、ぶつかりやすい。複合材は補修しにくく、修理の手間とコスト面も考えて、CFRPの胴体への使用を見送った。
 それでも、現在の代表的なリージョナルジェットと比べると「26%燃費効率が高い。26%の半分はエンジン、残りはCFRPや機体設計によるもの」と宮川は話す。

ボーイング流の仕事術
 「コ・ロケーションだ」

 プロジェクトマネージャーに就いてから、宮川はメンバーを前に口癖のように言い続ける。「コ・ロケーション」、つまりは、同じ場所に集結することを指す。特に、少数でも、キーマンたちを最初から“コ・ロケート”させてきた。
 優秀ではあるが個人プレーで仕事をしていた技術者たちを宮川は組織化していく。
 20代のころ、宮川は米国スタンフォード大学に社費留学して、航空宇宙学のマスター(修士号)を取得。その後、1980年代には「7J7」(「よど号事件」で知られる727の後継機)で、ボーイング社との共同開発プロジェクトに参画する。空力設計技術者として、主翼の形状設計を担当。巡航速度に対応したハイスピードウイングデザインをつくりあげたのである。
 このとき、宮川は米国にも赴いた。そこで、ボーイング流の仕事の手法を会得する。特に「会議の原則」があり、それには「『意見を批判せよ。人を攻撃してはいけない』などと書かれていました」と、宮川は振り返る。

若いころ、ボーイング流の仕事法を学んだ宮川常務執行役員は、MRJ開発にそのときの経験を生かそうとしている
 会議は頻繁に開かれたが、開始時間には全員が必ず揃っていた。始まると徹底した討論が繰り広げられる。だが、確かに個人攻撃はなかった。プロジェクトマネージャーが出席し、部門を横断して大きな決定を行う会議(プロマネ会議)から、部門ごとの小さな会議まで、喧々諤々、みんなが意見を出し合っていた。
 「なるほどなぁ」と、若い宮川は素直に感じたが、MRJプロジェクトマネージャーになったいま、「会議の原則」を取り入れている。コ・ロケートの場でだ。複合材の胴体への採用見送りのときも、反対論は多かった。だが、新しい方向へとまとまっていった。
 ちなみに、7J7の開発当事、ボーイング社のプロジェクトマネージャーであり宮川のボスだったのは、アラン・ムラーリー。その後、フォード・モーターにCEO(経営最高責任者)兼社長で引き抜かれ、現在はフォードの経営再建に取り組んでいる。
 一方、エアバス「A300」の対抗機になるはずだった7J7は、エンジンに問題を抱えていたため1987年に開発を中止してしまう。だが、三菱重工がボーイング社との共同事業を拡大させていく素地となったプロジェクトであり、宮川たちの技術的成果は777に導入されていく。
 「ですから、民間航空機での私の成功体験は、やや屈折しているんです」と宮川は笑う。

インテグレーターとしての素養
 西岡は言う。
 「旅客機は型式認証をするのはFAA(米連邦航空局)だが、実際に使うのはエアライン(航空会社)。型式認証では安全性能について徹底して審査され、一方、お客様は経済性や快適性をはじめ、さまざまな要求をしてくる。この点、認証する機関と利用者が同じである防衛省向けは、ある意味、楽な事業なのです」
 宮川は「戦闘機の場合は先端技術へのチャレンジが大切。優秀な人材を数多く集めて、ひたすら高度な技術を追っていく。これに対し、MRJは違う。インテグレート(統合)できるセンスが、組織にも個人にも求められます」と打ち明ける。


MRJはリージョナルジェットに「快適さ」を提供。新型スリムシートの導入により、足下も広い。写真は2008年10月に横浜で開催された「国際航空宇宙展」で、報道陣に公開された実物大モックアップの機内
 MRJは2007年10月に受注を開始。翌年3月には、全日空がローンチカスタマーとして25機を発注する。これを受けて、4月1日に三菱航空機が発足。西岡は同社会長(三菱重工では会長から相談役に)、戸田信雄が社長、宮川は常務執行役員プロジェクトマネージャーとなった。1年前にはわずか30人だったチームは、従業員数200人になり、2008年秋の時点では500人に増員されていった。
 宮川は、まず、部門ごとにグループリーダーを指名していく。2008年秋の時点で、グループリーダーは10人ほど。ボーイングにならい、プロマネ会議を頻繁に開くが、10人のグループリーダーは全体を統括する機能を負っている。グループリーダー指名のポイントは、インテグレーター(統合者)としての素養があるかどうかだという。
 デシジョンメイキングも、グループリーダーを中核に行われていく。宮川の考えも、グループリーダーを通して現場に浸透させていく。現場が混乱したときは、グループリーダーたちが収拾にあたるが、解決できないときには部長たちに上げ、それでも無理な場合は宮川に判断を仰ぐ仕組みである。
 宮川は「私には、インテグレートするチカラ、まとめるチカラはあると思う。小学生時代、読書感想文を徹底して書かされたおかげかもしれない」と笑う。

★首都圏リーシングと土地活用のビジネス戦記


人が育ち、技術が育つこと

MRJの主要なシステムパートナーは2008年2月に決定した。エンジン:プラット・アンド・ホイットニー(米)、電源、空調、補助動力、燃料タンク防爆、高揚力装置、防火、各システム:ハミルトン・サンドストランド(米)、降着システム:住友精密工業(日)、電子機器(アビオニクス)、飛行制御システム:ロックウェル・コリンズ(米)、油圧システム:パーカーエアロスペース(米)、飛行制御システム:ナブテスコ(日)(資料提供:三菱航空機)
 一般に、技術系でも事務系でも、ビジネスマンのタイプとは、大きく次の4つがあると分析される。1.プロデューサー(実務家)、2.アントレプレナー(起業家)、3.アドミニストレーター(管理者)、4.インテグレーター(統合者)。これらすべての要素を兼ね備える完璧な人は、まずいない。たいていの人は、どこかが強く、弱い部分は必ずある。そして、4タイプのうち、インテグレーターは少ないと言われる。それだけに、まずは人物を見抜く力が、宮川には要求された。
 グループリーダーを指名する一方で、技術目標や販売目標の達成をめざすリーダーも置いた。こちらは、プロデューサータイプが向く。
 こうした組織化の目的は、2011年の初飛行、2013年には型式証明取得と引き渡し、と決まっているスケジュールに応えるため。さらに、エンジンはP&W社、油圧システムは米パーカーエアロスペース社、降着システムは住友精密工業などと、多くのサプライヤー(納入業者)を統合していかなければならないためだ。特に今回は、部品の6~7割は海外から調達していく。
 組織がもつ統合力が、成否を決めていくのだ。
 西岡は「いま(2008年秋)の段階では、受注がどうのという話は早い。世界金融危機の真っただ中にあるのだから厳しいのは当然。重要なことは、人が育ち、技術が育つこと。そして、その技術が日本の産業全体のレベルを押し上げていく。むしろ、官民が一体となるオールジャパンのバックアップ体制が必要です」と語る。
 宮川は言う。
 「とにかく塁に出たい。内野安打でも、ポテンヒットでも、敵失でもいい。まず塁に出て、次の人に繋げていきたい」
国産機をつくるという強い糸

10月に横浜で開催された国際航空宇宙展の会場内で開催された記念講演。国産旅客機開発への関心は高く、立ち見ばかりでなく入りきれない人も出た
 わが国は終戦まで、ゼロ戦や隼など、軍用機を中心に年間2万5000機を生産した実績を持つ。しかし、敗戦から7年間は航空機の生産を禁止される。その後、1962年に官民一体でプロペラ旅客機「YS-11」を開発。だが、大きな赤字を抱え、1973年に生産を中止した。
 西岡は東大航空学科時代、ゼロ戦の開発者で三菱重工の技術者だった堀越二郎の講義を受講し、堀越に勧められて三菱重工に入社した。そして入社2年目から、YS-11開発に従事した。その体験も踏まえ、「YS-11が失敗したのは、責任の所在があいまいだったから。国を中心に多くのメーカーが仲よくやる手法は、通用しなかった。MRJはウチがやります」と表情を引き締める。YS-11では飛行機づくりの手法も戦前とは変わっていた。堀越のような一人の天才技術者が職人技ですべてを担っていた戦前と違い、分業体制が導入され、ものづくりはガラッと変わった。
 その後、西岡は、三菱重工が独自開発するターボプロップ機の「MU2」、ビジネスジェットの「MU300」を手掛ける。特に1981年にFAAの型式認証を取得したMU300は米市場での技術的評価は高かった。しかし、米国経済は冷え込んでしまっていて、1988年に三菱重工は事業を売却して撤退してしまう。累計生産は101機だった。その後、米国経済に好景気が到来。同機は現在までに約1000機も売れ、引き受けた米ビーチ社に利益をもたらしているという。

西岡喬三菱航空機会長(三菱重工業相談役)。1936年生まれ。香川県出身。1959年東京大学工学部航空学科を卒業して、新三菱重工業(現在の三菱重工業)に入社。「YS-11」、「MU300」などの開発に従事。設計、サービス、営業と、民間航空機の幅広い経験を持つ。名古屋航空宇宙システム製作所所長などを経て、経営が厳しかった1999年に社長就任。2003年に会長、2008年から現職。他に、三菱自動車工業会長なども兼務している。趣味は天体観測。本当は天文学者になろうとも考えていた。東大航空学科出身で、ゼロ戦を開発した堀越二郎氏の勧めもあり三菱重工へ。父親も、清水トンネルなどを手掛けた技術者。「日本は、技術立国でなければならない」と話す
 西岡は研究畑を振り出しに、サービスや構造設計、全体設計、果ては営業からMU300の幕引きまで何でもやってきた。“道一筋”の技術者が多いなかでは珍しい経歴だが、「そのように育てられたのです。むしろいま、MU300を経験した人、航空機事業を語れる人間がいないのですよ。悔しさはあった。その点も含めて、航空機ビジネスについて、私は若い技術者たちに伝えなければならない」と話す。

 宮川は「MU300をやりたくて入社した」と言う。
 ゼロ戦からMRJまで、技術者たちは世代を超えて、細いながらも、国産機をつくるという強い糸でつながっている。
 ロッキード、ダグラス、サーブ、日本航空機製造(YS-11の製造会社。1983年に解散)……。民間旅客機の歴史とは、敗者の屍が累々と横たわる歴史でもある。かつての名門で現在も名を残すのはボーイングとエアバスの2社に過ぎない。

 2001年9月11日、米国同時多発テロが発生し、航空不況が到来。世界の航空会社は100席未満のリージョナルジェットを求め、カナダのボンバルディアとブラジルのエンブライエルが表舞台に立ち、脚光を浴び始めた。両社は国家からバックアップを受けているものの、燃費性能や環境性能は十分ではない。ここにMRJの活路がある。

 敗者に溢れた巨大産業にMRJは入っていく。
 「勝つために」
(宮川)
オールジャパン体制の基礎
 「40年ですか……」
 「そうです、40年後です。航空機事業が主力産業に成長するのは。しかし奥田さん、考えてみてください。40年前、すなわち昭和40年代前半に、日本の自動車産業が、米国や欧州に工場進出するなど、誰が予想したでしょうか。いまや、中国やインド、ロシアにも出ていて、世界中に自動車を売っているじゃないですか」
 「うーん……」
 「これから生まれてくる子どもたちが、40歳の働き盛りになったときに、一流の技術立国として日本は輝いていなければならない。そのための基盤をつくるのは、われわれの責務なのです」
 西岡喬は、トヨタ自動車の奥田碩相談役(元社長・会長)にこう話し、三菱航空機への出資を要請した。西岡が日本経済団体連合会(経団連)副会長に就任した2003年5月、会長を務めていたのは奥田。以来、2006年5月に奥田が会長を退くまで、二人は経団連会長と副会長の関係だった。
 度重なる不祥事で経営が揺らいだ三菱自動車の再建問題でも、西岡は奥田に幾度となく相談をしていた。強い信頼関係があった。
 奥田は西岡の要請に応える。2007年4月に三菱重工の全額出資で設立した三菱航空機は、同年5月30日、第三者割当増資を実施し、トヨタ自動車や三菱商事に新株を割り当てると発表した。
 資本準備金を含めて設立時30億円だった資本金は、資本準備金と合わせて700億円になる。2008年秋の時点で、出資比率は、三菱重工が67.5%、トヨタと三菱商事が各10%。このほか住友商事や三井物産、東京海上日動火災保険、日本政策投資銀行が1~5%を出資している。
 そもそも、三菱重工とは別に三菱航空機を設立したのは外部から資金を集めるためだったが、トヨタの出資により「オールジャパン体制」の基礎は出来上がった。三菱航空機社長の戸田信雄は「トヨタさんは、ものづくりのエース。MRJをつくっていくなかで多くを学びたい」と話す。
 とはいえ、西岡の出資のお願いが、すべての会社に響いたわけではない。「40年は長すぎます。当社には、3年で単年度黒字が見込めない事業はやらないという社内ルールがあるのです。申し訳ないですが、お力にはなれません」といった答えが返ってくることも、少なくない。
 機械金属産業が集積する地域などは、MRJプロジェクトを歓迎してくれている。将来の受注につながるからだ。ところが、出資となると手のひらを返す。地域の経済団体幹部は「何しろいまは、景気が悪くなりましたから……」とやんわりと断ってくるそうだ。
環境性と経済性の使い分け
 かつて、ボーイングとエアバスは国家補助をバックに激しい開発競争を展開した。この結果、「旅客機開発における国の援助額は、開発費の30%以内」と国際的に決まってしまった。米国と欧州以外では、開発費用が膨大な大型旅客機への参入は、事実上不可能となった。
 リージョナルジェットのMRJも「30%枠」で開発していかなければならない。
 民間からの資金導入は必須であり、西岡はいまも行脚を続けている。だが、こんな風にも言う。「航空機事業は、なくなることはない。なぜなら、大陸間を短時間に移動する手段は飛行機以外にないのですから」。
 2007年10月にMRJの受注を開始してから、宮川淳一は営業で世界中を飛び回っている。
 「三菱は自動車会社だろう。ラリーで有名だ」と言われることもあれば、中東のエアラインでは「エアコンやテレビの会社が、飛行機に進出したのか」と聞かれたこともある。

宮川常務執行役員は、東大で今秋行われたシンポジウムで、MRJの新規受注に関し触れ、新たに5社程度と「つめの段階にある」と明かした
 そんなとき、宮川は、いちいち反論しない。相手の想像に任せたまま、本題に入っていく。何度も面談して、受注のメドが立っていけば、そのときに誤解を解けばいいだけだから。
 MRJは環境性能が最大の“売り”だが、営業を繰り返すうち、相手によって関心事が違うこともわかってきた。欧州のエアラインは、みな環境性能に興味を持つ。航空機への環境規制が強化されていくという理由だけではない。会社や個人がもっている環境への意識が、根本的に高いためだ。
 一方、米国のエアラインは環境への関心は、概して低い。そこで、低燃費による経済性で攻めていく。「現在、就航しているリージョナルジェットと比較して、最大で30%、燃費がいいのです」と。もっとも、燃費性能の高さは、経済性ばかりでなく、環境保全にも結びついていく。
 「MRJは、オールジャパンで取り組んでいるのですよ」と宮川は営業先で必ず話している。
大きな過ちを起こさないために
 2008年7月30日。三菱重工名古屋航空宇宙システム製作所内の講堂。若手技術者を中心に、150人の三菱航空機社員が集められた。彼らを前に、西岡は「MRJプロジェクトの挑戦」と題する講義を行った。

資金集めに奔走する西岡喬三菱航空機会長(三菱重工相談役)。「MRJにおけるものづくりは、米国的な市場主義をとらない。40年先を見据える」「原子力発電、ロケット、そして飛行機をつくれない国は、一流国とは言えない」と語る
 自身の経歴に始まり、プロジェクトの意義、民間機ビジネスの特殊性、過去の反省と重要施策、そして行動指針。「MRJは他のプロジェクトとは異質である」としたうえで、
積極性
情熱
果敢
柔軟性としたたかさ
 の4つの要素
を社員に求めた。ある種の“戦陣訓”である。
 西岡は、自分の思いを若い社員たちにぶつけた。
 「(ジェットエンジンの)MRJは、三菱にとっても国にとっても、最初で最後の挑戦」
 「成功は必須であり、失敗すれば(三菱)重工にも致命傷を与える」
 「押しつけるのではなく、若い諸君が夢を実現させる機会である」
 「誰も成功を確信できない。しかも、開発完遂後、合否判定には10年以上かかる。茨の道であり、世界に通用する航空機事業として次世代に引き継がなければならない」 
 西岡には、過去の航空機開発で悔しさも残る。YS-11は責任部門と実施部門が分かれていたため、MU300は市場の変化への対応不足から、いずれも「採算悪化で事業中止に追い込まれた」と指摘。これらの失敗から「大きな過ちを繰り返す土壌が、われわれにあることを忘れてはいけない」「自分たちに実力があると思ったら大間違いだ」と訴えた。そして「二者択一になったら、難しい道に挑戦せよ」と話した。

セブン-イレブンをめざす

大型液晶ディスプレイ(36×28cm)を4面装備したフライトデッキ。状況認知性を高めてパイロットの負担を低減させている(資料提供:三菱航空機)
 世界金融危機の影響も受け、米国製造業の凋落は著しい。経営が事実上破たんしているゼネラル・モーターズ(GM)をはじめとする自動車ビッグスリーは、その象徴だろう。米ゼネラル・エレクトリック(GE)やボーイングなど、強みを発揮する製造大手にしても、ライセンス生産を拡大し、日本企業などへの依存度を強めている。
 原因の一つは、行きすぎた市場主義。単年度、さらには四半期という短期間で利益を出して、株主を最大化していくが、赤字に陥れば、部門や会社までもM&A(企業の合併・買収)で売却してしまう。こうしたやり方は、「長期の積み重ねが必要な技術開発には向かない。今のままなら、米国のものづくりは疲弊していくだけ」と指摘する財界人はいる。
 西岡は言う。
 「米国的な市場主義とは一線を画して、MRJに取り組んでいる。世代を超えた挑戦です」
 宮川も「航空機は100年事業。若い人にぜひ入ってほしい」と10月にシンポジウムを行った東大で学生に呼びかけた。
 民間からの資金導入が厳しさを増しているため、三菱重工としてMRJプロジェクトを支えていかなければならない。西岡は「心配はしていないが、(MRJ)撤退という選択肢はもっている。経営だから。MRJのために、三菱重工を潰すわけにはいかない」とも話す。しかし、その決断が下されれば、わが国の旅客機ビジネスは再起できない痛手を負う。
 従来通り、ボーイングの下請けとしてやっていれば、三菱重工の受注量が増えていくのはわかっていた。収益を得ていくのには安全・確実な選択だった。
 だが、敢えて難しい道を選んだ。
 戸田社長は言う。
 「棟梁仕事をやらなければならないのですよ。下請けのままでは、航空機ビジネスを本当に伸ばすことはできない。指示を受ける大工ではなく、決定して、まとめ上げる棟梁にならなければ意味はない。日本の航空機が生き残るために、避けて通れない道なのです。国家として、わが国の産業全体の将来に向けて、私たちはやり抜くしかないのです」
 宮川は最近、部下によく言う。
 「セブン-イレブンになろうぜ」と。
 「それって僕たちに1日16時間働けって意味ですか」
 「違う。イトーヨーカ堂からブランチアウトしたセブン-イレブンは、親会社だったヨーカ堂を超えただろう。俺たちもいつの日か、ああなるんだよ」
 環境性能が高いMRJは、新しい日本型ものづくりの挑戦でもある。環境などの技術面だけではなく、今まで欠如していた統合力をもつ人づくり、組織づくりという要素も含まれる。産官に限らず、学をも巻き込む、国家プロジェクトといっても過言ではない。
 「MRJは、今は紙飛行機。2011年に初飛行された後、一気に行きますよ」と宮川は話す。現場で困難への挑戦を繰り返す男たちの胸は今日も熱い。


 2011年、もうすぐ、楽しみですね!!

作者:

更新日:2008年12月4日 8時10分

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日産、「フェアレディZ」を全面改良-6代目 Z34型(2008年-)




6代目 Z34型(2008年-)日産・フェアレディZ(Z34型)

2008年12月1日、復活後初めてのフルモデルチェンジを行い、6代目、Z34型に。安全性能を高めながら、エンジンフード、ドアパネル、バックドアのアルミ化や車体構造の最適化により軽量化され、先代のZ33型とほぼ同じ車体重量となった。また、ホイールベースを100mm短縮しきびきびとしたハンドリングと運転性能を実現。エンジンはVVEL(バルブ作動角・リフト量連動可変システム)を採用したVQ37VHRを搭載。また、MT車はシフトチェンジの際、エンジンの回転数を最適な回転数に制御する世界初のシンクロレブコントロール付6速MTを採用。AT車はMTのようなダイレクト感を持ち、マニュアルモード時で世界トップクラスの変速レスポンスを体感できるマニュアルモード付7速ATとなった。プラットフォームはV36型スカイラインクーペに採用されるEプラットフォーム をベースにショートホイールベース化がされたものが採用された。サイドターンランプは"Z"のエンブレムが浮かび上がるエンブレム一体型となり、ラゲッジはゴルフバック2個が収納でき、出し入れしやすいように改良された。なお、現在のところ、クーペタイプのみの発売で、標準グレードのほか、Version T(7速ATのみ設定)、Version S(6速MTのみ設定)、Version STの4グレードがラインアップされる。

なお、ロードスターは用意されず、2人乗りクーペのみの設定となった。



んー!! すごくいい!!!




中国 2008年11月19日(水曜日)
【広州モーターショー関連】広州モーターショー開幕、エコカー市場に注目[車両]

第6回中国(広州)国際汽車展覧会(広州モーターショー)が18日、広州市の国際会議展覧中心(琶洲展示館)で開幕した。日系メーカーではホンダが新型中級車「CITY鋒範」を発表した。世界の自動車市場が急激に縮小するなか、日系各自動車メーカーは来年以降も中国を成長市場と位置づけ、新型車やエコカーなどを投入したブランド構築による需要興起に力を入れている。【広州・吉沢健一】

会場は昨年に比べ面積が25%増の12万5,000平方メートルで、完成車700台が展示された。前回と打って変わり、国内自動車市場の低迷が顕著となる中、日系自動車メーカーの今年の販売状況と、今後の国内市場に対する戦略方針が注目された。

■CITY鋒範を発表=広州本田

広州本田汽車は、新型中級車「CITY鋒範」を発表した。同社の大河原栄次総経理は「中国の自動車需要の主流となる中級車。再来年までに販売台数10万台を目指す」とした。東風本田も多目的スポーツ車(SUV)の「CRV」の売れ行きが好調で、今年の販売台数は1万台上方修正した16万200台になる見込みとした。

■「今年は60万台」トヨタ

トヨタは3,800平方メートルの展示面積に、トヨタとレクサスのブランドの合わせて45台を展示。豊田(中国)投資有限公司の佐々木昭董事長は「今年は昨年比20%増の60万台を販売する見込み。足元は世界金融危機で厳しい状況となっているが、中国は今後も有望な成長市場として力を入れていきたい」と話した。

■電気自動車も披露=日産

日産自動車は高級セダン「新型ティアナ酷動版」を24万9,800元で発売すると発表したほか、電気自動車のコンセプトカー「MIXIM」を中国で初披露した。同社は「ティーダの販売が好調で、同社は「今年の目標台数50万台を達成する見込み」と話した。

■「ブランド構築に力」マツダ

マツダは、国産の新型モデルの高級セダン「MAZDA6叡翼」を発表したほか、コンセプトカー「HAKAZE(葉風)」を国内で初披露した。馬自達(中国)企業管理有限公司の山田憲昭総裁は「ビジネス環境は厳しさを増しているが、中国はある程度の成長が見込める市場であり、ブランド構築に力を入れていきたい」と、国内市場への期待感を表した。


★首都圏リーシングと土地活用のビジネス戦記



米景気低迷も、日産、ヤマ発、いすゞなど、大きく売られた割安感の強い自動車株に底堅さがみられる。来期減益は避けられない自動車株だが、ほぼすべての悪材料が織り込まれた状態といえよう。低位株のマツダ(7261)は、PER4.00倍、PBR0.35倍、配当利回り4.23%と、自動車株の中で最も割安感が強い。配当性向は16.9%と他社より低いが、減配懸念はない。マツダは、フォードの保有株懸念で大きく売られ、その後も他の自動車株に連動安し、歴史的な割安水準となった。動き出すと仕手株のように急騰することがあるマツダだが、PBR0.35倍は、たとえ赤字決算でも悪材料出尽くしで上昇する水準。フォード保有のマツダ株は自社株買いと売却で解決したことに加え、デザイン性に優れた低燃費小型のマツダ車は、他社と比較して良好な販売状況である。ガソリン安となったことから、今後は自動車需要が回復しやすく、原材料もかなり安くなっており、利益率も改善する。いずれ買い換え時期が訪れる自動車だが、このような時代だからこそ、愛着の沸く高性能マツダ車への買い替えが進む可能性が高い。小型で低燃費、さらにスポーティ色のあるマツダ車は中国でも好評。中国がGDPの15%近くものケタ違いに大きい財政出動を決めたが、景気刺激策で中国人の所得も増える。中国進出し、高い評価を得ているマツダ車は売れやすい。米次期大統領オバマは環境投資に積極的だが、マツダは環境対応の水素ロータリーエンジンという特殊な技術も持つ。
 また、マツダと提携しているフォードは大型車を得意としていたが、2日「米フォード、生産の軸足を大型ピックアップトラックやスポーツ用多目的車(SUV)から燃料効率の良い小型車にシフトさせ、経営を立て直す再建策を議会に提示する方針」と報じられた。これこそマツダの得意とする分野であり、フォードは今後、マツダにあらゆる技術提供を求めてくるだろう。マツダの業績に大きく貢献する。外国人持株比率17%と少なくなったマツダは、外国人売り懸念は非常に低い。日産の外国人持株比率68.7%、ホンダの外国人持株比率35.3%、トヨタの外国人持株比率26.1%である。



マツダの「アクセラ」が好調な売れ行き
2008年11月25日 17:01

★首都圏リーシングと土地活用のビジネス戦記


マツダ <7261> は21日、「マツダ アクセラ(海外名:Mazda3)」が10月末時点で累計生産200万台を達成したと発表した。発売から5年4カ月での達成となった。
「アクセラ」は、03年6月から防府工場で生産を開始。ブランドメッセージ「Zoom-Zoom」の展開を始めた02年以降に販売した車の中では、最短を記録したという。また、30日まで開催中の「2008ロサンゼルス・モーターショー」では、「アクセラ」を5年ぶりにフルモデルチェンジした新型「Mazda3」のセダンを公開。先行きの売れ行き拡大にも期待が掛かる。
[ 株式新聞ダイジェスト ]



作者:

更新日:2008年12月3日 8時25分

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裁判員制度に反対するグループ、抗議声明を発表!!



裁判員制度に反対するグループ、抗議声明を発表

あなたも裁判員
 裁判員制度に反対する弁護士や学者、市民らの団体「裁判員制度はいらない!大運動」(東京)が27日、東京・霞が関の司法記者クラブで会見した。



 同団体は、裁判員制度では刑事裁判の審理期間が短くなるため、「被告の権利が侵害される」と廃止を求めており、最高裁が28日、裁判員候補者名簿に登録された29万5027人に通知を発送するのを前に、抗議声明も発表した。

 呼び掛け人の一人の高山俊吉弁護士は「各地で反対デモを行い、多くの国民が制度に疑問を持っていると感じた」と話した。

(2008年11月27日20時56分 読売新聞)

● どうして裁判員制度を導入したのですか。
類似 これまでの裁判に何か問題があったのですか。

これまでの裁判は,検察官や弁護士,裁判官という法律の専門家が中心となって行われてきました。丁寧で慎重な検討がされ,またその結果詳しい判決が書かれることによって高い評価を受けてきたと思っています。
しかし,その反面,専門的な正確さを重視する余り審理や判決が国民にとって理解しにくいものであったり,一部の事件とはいえ,審理に長期間を要する事件があったりして,そのため,刑事裁判は近寄りがたいという印象を与えてきた面もあったと考えられます。また,現在,多くの国では刑事裁判に直接国民が関わる制度が設けられており,国民の司法への理解を深める上で大きな役割を果たしています。
そこで,この度の司法制度改革の中で,国民の司法参加の制度の導入が検討され,裁判官と国民から選ばれた裁判員が,それぞれの知識経験を生かしつつ一緒に判断すること(これを「裁判員と裁判官の協働」と呼んでいます。)により,より国民の理解しやすい裁判を実現することができるとの考えのもとに裁判員制度が提案されたのです。


【裁判員制度】候補者に通知、問い合わせ殺到 半数が辞退の質問

2008.11.29 産経ニュース


 来年5月の裁判員制度開始に向け、全国約29万5000人の裁判員候補者に通知が届き始めた29日、最高裁は問い合わせに答える候補者専用のコールセンターを開設した。来年1月31日まで、全国からの電話に対応する。この日は午後6時の締め切りまで、ほぼ絶え間なく計約870件の問い合わせが殺到したが、ざっと半数が「辞退」に関する質問。最高裁は「制度の意義を説明し、協力と理解を求めたい」と話すが、まだ国民の理解は十分とはいえそうにない。
 この日、東京・赤坂のセンターでは午前9時から、オペレーターが候補者からの連絡に備えた。最初の電話は午前10時20分ごろ、裁判員制度の趣旨を尋ねる北九州市の女性からだった。午後に入って電話は増え、約50人のオペレーターが対応に追われた。
 問い合わせは「どのような場合に辞退できるか」が全体の約25%を占めた。これに「辞退できる重い病気やけがとは」「辞退できる70歳以上とはいつの時点か」など、「辞退」に絡んだ質問をあわせると全体の半数近くにのぼった。ほかには制度の趣旨や裁判員の選ばれ方、調査票への回答方法などが多かったが、「裁判員を務めたくない」「候補者名簿から削ってほしい」などの苦情も約40件あり、30分ほど粘るケースもあったという。制度をほめる電話は1件だった。



概要(ウェキペディア)

裁判員制度は、市民(衆議院議員選挙の有権者)から無作為に選ばれた裁判員が裁判官とともに裁判を行う制度で、国民の司法参加により市民が持つ日常感覚や常識といったものを裁判に反映するとともに、司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上を図ることが目的とされている。
裁判員制度が適用される事件は地方裁判所で行われる刑事裁判のうち、殺人罪、傷害致死罪、強盗致死傷罪、現住建造物等放火罪、身代金目的誘拐罪など、一定の重大な犯罪についての裁判である。例外として、「裁判員や親族に危害が加えられるおそれがあり、裁判員の関与が困難な事件」は裁判官のみで審理・裁判する(法3条)。被告人に拒否権はない。
裁判は、原則として裁判員6名、裁判官3名の合議体で行われ、被告人が事実関係を争わない事件については、裁判員4名、裁判官1名で審理することが可能な制度となっている(法2条2項、3項)。
裁判員は審理に参加して、裁判官とともに、証拠調べを行い、有罪か無罪かの判断と、有罪の場合の量刑の判断を行うが、法律の解釈についての判断や訴訟手続についての判断など、法律に関する専門知識が必要な事項については裁判官が担当する(法6条)。裁判員は、証人や被告人に質問することができる。有罪判決をするために必要な要件が満たされていると判断するには、合議体の過半数の賛成が必要で、裁判員と裁判官のそれぞれ1名は賛成しなければならない(一部立証責任が被告人に転換されている要件が満たされていると判断するためには、無罪判決をするために合議体の過半数の賛成が必要で、裁判員と裁判官のそれぞれ1名は賛成しなければならない)。以上の条件が満たされない場合は、評決が成立しない(有罪か無罪かの評決が成立しない場合には、被告人の利益に無罪判決をせざるを得ないと法務省は主張しているが、法令解釈権を持つ裁判所の裁判例、判例はまだ出ていない)。
なお、連続殺人事件のように多数の事件があって、審理に長期間を要すると考えられる事件においては、複数の合議体を設けて、特定の事件について犯罪が成立するかどうか審理する合議体(複数の場合もあり)と、これらの合議体における結果および自らが担当した事件に対する犯罪の成否の結果に基づいて有罪と認められる場合には量刑を決定する合議体を設けて審理する方式も導入される予定である(部分判決制度)。
裁判員制度導入によって、国民の量刑感覚が反映されるなどの効果が期待されるといわれている一方、国民に参加が強制される、国民の量刑感覚に従えば量刑がいわゆる量刑相場を超えて拡散する、公判前整理手続によって争点や証拠が予め絞られるため、現行の裁判官のみによる裁判と同様に徹底審理による真相解明や犯行の動機や経緯にまで立ち至った解明が難しくなるといった問題点が指摘されている。裁判員の負担を軽減するため、事実認定と量刑判断を分離すべきという意見もある。
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対象事件

死刑又は無期の懲役・禁錮に当たる罪に関する事件(法2条1項1号)
法定合議事件(法律上合議体で裁判することが必要とされている重大事件)であって故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪に関するもの(同項2号)
例えば、外患誘致罪、殺人罪、強盗致死傷罪、傷害致死罪、現住建造物等放火罪、強姦致死罪、危険運転致死罪、保護責任者遺棄致死など[2]。
ただし、「裁判員や親族に対して危害が加えられるおそれがあり、裁判員の関与が困難な事件[3]」については、対象事件から除外される。報復の予期される暴力団関連事件などが除外事件として想定されている。一方、外患誘致罪なども困難な事件と言えるとの指摘がある[要出典]。
対象事件はいずれも必要的弁護事件である。
最高裁判所によれば、平成17年に日本全国の地方裁判所で受理した事件の概数111,724件のうち、裁判員制度が施行されていれば対象となり得た事件の数は3,629件で、割合は3.2%とされている[4]。


制度に関して指摘される問題点

制度導入過程での不正行為

裁判員制度広報活動における不正経理
裁判員制度の広報業務をめぐって、2005-2006年度の2年間に、企画競争方式の随意契約を結んだ14件(契約金額計約21億5900万円)で、最高裁は事業開始後に契約書を作成するなどの不適切な会計処理を行っている。特に、電通に発注した2005年度の「裁判員制度全国フォーラム」(約3億4100万円)では、実際には2005年末から2006年初めに契約したにもかかわらず、契約書の日付を2005年9月30日などと虚偽の記載をし、印刷会社に発注したパンフレット作成(約174万円)でも、契約日を実際より約4か月前に偽るなど、16件(計約21億6500万円)の契約で不適切な経理処理をしたことが問題視されている。
タウンミーティングでの“やらせ”
タウンミーティング 小泉内閣の国民対話では、いわゆる“やらせ”・“仕込み(サクラ)”(偽装)が行われていたことが後に発覚しているが、その内の一つ、司法制度改革タウンミーティングでは、計6回の“やらせ”が行われたことが明らかになっている。(タウンミーティング 小泉内閣の国民対話参照のこと)
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制度導入の自己目的化

元検事の郷原信郎(現桐蔭横浜大学 法科大学院 教授)は「司法への国民参加は、あくまでより良い社会を実現するための手段に過ぎない。だが、裁判員制度は導入することが自己目的化してしまっている。いったん実施を凍結した上で、国民全体であるべき司法の姿を議論した方がよい」と述べ、問題点として以下の指摘を行い、本制度への疑問を呈している[6]。

制度の目的達成の不確実性

「国民に身近な司法を」という目的には「他の先進国と比べ、日本は司法が身近ではない」という前提がある。しかし、司法制度はそもそもがその国の歴史、社会的状況が反映された結果として形作られるものであるが、「司法が身近ではない」という形式を重視して導入が決定された結果、「誰にも望まれていない制度」となってしまった感がある[6]。
身近にするにしても、例えば痴漢冤罪などの国民が関心を持ちやすい、身近な分野の事件を対象とするなどもう少しやりようがあるだろうに、職業裁判官でも判決をためらう死刑判断を行う刑事事件を対象とするのは、裁判員となる国民の精神的負担が大きくなってしまう[6]。

刑事事件への影響

本制度ではあらかじめ選定された争点(公判前整理手続)を決められた日数で審議することになる。そのため、公判中に新たな争点が出てきた場合、たとえラフジャッジになってしまってでも強引に期間内で判決を出すか、それとも裁判員を入れ替えて審議をするかといった事態になりかねず、結果として刑事事件への処理機能が低下する恐れがある[6]。


2008年11月16日 社説 ・沖縄タイムズ

[裁判員制度]
まだ理解されていない


 国民が裁判席に座り、裁判官とともに逮捕・起訴された人を裁く裁判員制度が来年五月二十一日から始まる。手続きは今年の夏ごろから始まり、実際にはかなり進んでいる。

 那覇地裁など全国の地方裁判所は選挙管理委員会から送付された裁判員候補者予定名簿に基づき、裁判員の候補者名簿をすでに作成。今月二十九日ごろから名簿に記載されたことを裁判員候補に伝える「お知らせ」を発送する。

 来月初めには全国で約二十九万五千人、県内では約二千人がいきなり裁判員候補になったことを知る。

 戸惑う人は少なくないはずだ。なにしろ、今年三月の世論調査では72%が裁判員を務めたくないと答え、五割は制度そのものを評価していない。「司法への国民参加」をうたい文句につくった制度のはずが、肝心の国民の多くは参加したくない、あるいは制度そのものがおかしいと考えているのである。

 現状では、裁判員制度が国民に浸透していないことを如実に示している。
 司法制度は、国民の理解があってこそ成り立つ。政府、とりわけ法務省、最高裁はこれまで以上に粘り強く国民に説明し、理解を得るための努力を尽くすべきである。

 制度の周知徹底は必要だが、国民に理解されていない現実を受け止め、対応することの方が重要だ。

 裁判員制度の議論は、一九九九年に設置された司法制度改革審議会に端を発している。この国の司法制度を担ってきた法律家(裁判官、検察官、弁護士)の制度に加え、裁判制度そのものを見直そうと始まった審議の中で、「司法への国民参加」の一環として出てきた。

 同審議会は、二〇〇一年に裁判員制度を盛り込んだ最終意見書を内閣に提出。その後、「裁判員制度・刑事検討会」での検討を経て、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」案が国会で審議され、〇四年五月に成立、導入が決まった。三カ月足らずのスピード審議だった。

 この間、国民的な議論が十分だったとは言えない。そもそも司法への国民参加について、世論が大きく盛り上がるような社会状況でもなかった。

 制度の導入間近にして多くの国民が抱く不安や懸念、根強い批判の背景には、政府の説明が浸透しなかったことに加え、国会での論議不足もある。政府と国会は、国民の不安や反発を解消するためにも、もう一度議論を深めるべきだ。

 私たちは、司法への国民参加を否定するものではない。現行の司法制度が万全とも思わない。

 ただ、人を裁く制度の改革にあたっては慎重の上にも慎重を期してしかるべきだ。安易な制度変更は、この国の行く末にも禍根を残すことになりかねない。

 国民が納得する司法制度の実現には、さらに議論が必要だろう。制度の開始日ありきで事を進めるだけでは、国民は納得しないし、理解も得られない。


審理などについて自分の意見などを伝える評議の内容を漏えいした場合は6カ月以下の懲役か、50万円以下の罰金が科せられることもある。さらに、裁判員候補になったときに呼び出し状と呼ばれるものが届く。これに指定の日時が記載されており、この日時に行かなければ10万円以下の過料(制裁)が科されることもある。裁判員になったら、これらの義務を守らねばならない。


死刑又は無期の懲役・禁錮に当たる罪に関する事件を!!

刑事裁判のうち、殺人罪、傷害致死罪、強盗致死傷罪、現住建造物等放火罪、

身代金目的誘拐罪など、

一定の重大な犯罪についての裁判に限定!!!

たった、三カ月足らずのスピード審議で、可決導入???

29万5027人に通知????

制度に従わない人には、刑事罰が下るとか???

こんなに多くの人々が関わらなくてはいけない重大事件が予想されるんだろうか???

日本の多くの法律に携わる専門家たち、

マスコミ、政治家たちは疑問に思わないのだろうか???

どうなっているの???

作者:

更新日:2008年12月2日 8時42分

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多摩センターのクリスマスイルミネーション2008

今年も、とってもきれいです!!!




大好きなわが町、多摩センター!!

ハロウィーンの後は、毎年恒例の多摩センターのクリスマスイルミネーション2008です。

三越とイトーヨーカドーの角、サンリオピーューロランドに行くかどに、

八ヶ岳からもってきた、大きなもみの木がみごとですよ。






駅から、パルテノン、中央公園に向かって、500m程つづきます。

デートなんか、とってもいいかもね!!!






作者:

更新日:2008年11月30日 11時55分

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パシフィックHD、中柏ジャパンへの第三者割当増資で476.5億円を調達



パシフィックHD<8902.T>、中柏ジャパンへの第三者割当増資で476.5億円を調達

 [東京 26日 ロイター] パシフィックホールディングス(8902.T: 株価, ニュース, レポート)は、中柏ジャパン(東京都千代田区)に対して普通株で約6億5000万円、A種優先株で約470億円の第三者割当増資を順次行い、合計約476億5000万円を調達すると発表した。

 実質的には中柏ジャパンを通じて中国の大手不動産会社数社が出資する。パシフィックHDは、不動産市況の悪化を受けて財務基盤の健全化を急いでおり、協働して不動産プライベートファンドの組成を実施するなど日本で資産運用事業を展開したい中国企業と利害が一致した。

 増資の引き受けにより、中柏ジャパンは普通株の持ち株比率が29%となる筆頭株主になる見込み。また優先株には普通株の取得請求権があり、これを行使した場合中柏ジャパンは現在の発行済み株式総数の30倍近い株数を取得する可能性がある。株式の大幅な希釈化の可能性を考慮し、株式総会の決議を経て優先株の発行を行うなどで既存株主に配慮する。



・パシフィックHD(8902) ストップ高。UBS証券が資本増強への動向に注視
・パシフィックHDが第三者割当増資を発表、
 野村證券は計画どおりに資金が振り込まれるかどうかに注目とコメント
・メリルリンチ証券がパシフィックHD(8902)の支援策浮上のレポートをリリース
・パシフィックHD(8902) ストップ高。日興シティ証券が目標株価を大幅引き上げ

 
「株式」 パシフィック(8902)-個別銘柄ショートコメント

11月27日  フィスコ
*11:23JST <8902> パシフィック 2620カ -

買い気配。中国の不動産企業などから、約474億円の出資を受けると発表、買い材
料になっている。大和証券グループ本社との交渉が不調となっており、先行き警戒
感が強まっていた中、株式価値の希薄化懸念以上に、財務体質の改善を評価する動
きが先行へ。日興シティでは投資評価を「売り」推奨から「買い」推奨にまで格上
げのもよう。




[東京 28日 ロイター] 27日午後と28日午前の日興シティグループ証券による株価格付けは以下の通り。

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格上げ :パシフィックホールディングス(8902.T: 株価, ニュース, レポート)「3S」→「1S」

パシフィックホールディングス(8902)は本日もSTOP高が濃厚に 第三者割当増資による財務リスク後退を好感した買いが続く (日本証券新聞)
2008年11月28日(金)14時47分
中国における大手上場不動産会社の出資を受ける予定である日本法人の中柏ジャパンに対して普通株で約6億5,000万円、A種優先株で約470億円の第三者割当増資を順次行い、合計で約476億5,000万円を調達すると発表したことで資金調達への警戒感が後退し、本日も買いが殺到している模様。

パシフィックホールディングス(8902)の株価は14時47分現在、3,020円で特別買い気配。



 ニュースです!!

知り合いがいます。よかったですね!!

作者:

更新日:2008年11月28日 17時35分

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お通夜にて 八王子 山田



 知り合いの奥さんのお母さんが亡くなりました。

享年92才だったそうです。新宿で打ち合わせをして、八王子の山田まで伺いました。

今日は、寒くて雨がしとしと降っています。

ご家族は、きっと、悲しいでしょうね・・・・

参列の方達がずいぶんとみえていました。

自分の時は、どんな感じなんだろうって思ったけど、

そのときは、見れないんだものねー・・・

お花のところに、自分の名前もかざってもらったけど、

さみしいねー・・・

自分は、いくつ迄生きるんだろうか・・今日は、ちょっと考えたねー・・

作者:

更新日:2008年11月27日 23時26分

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米シティグループ、前の経営陣が不動産市場に深入りし過ぎた=CEO




[ニューヨーク 25日 ロイター] 米金融大手シティグループのビクラム・パンディット最高経営責任者(CEO)は25日、今週の米政府による大規模な同社救済策発表に至った経緯について、前の経営陣が不動産市場に深入りし過ぎて損失が積み上がったと説明した。

 同CEOは公共放送局PBSの番組でインタビューにこたえ、「間違っていたのは、あまりにも集中したことだ。ある意味、われわれは大量の資金を投入して米国の不動産の足を引っ張ったと言える」と語った。

 米政府は23日遅く、シティが保有する高リスク資産3060億ドルに多額の損失が発生した場合、損失の大半を政府が肩代わりするほか、先に実施した250億ドルの資本注入に加え、新たに200億ドルの資本を追加注入する救済策を発表した。

 パンディットCEOはまた、買い持ち筋や資産の質について懸念した投資家などが同社株の急落を招いたと指摘した。




 そういえば・・今年の初春、サブプライムの影響を話している時、

日本は大丈夫ですよって、

言っていた、リーマンの彼、どうしたんでしょうか・・・

作者:

更新日:2008年11月26日 19時4分

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