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トップ > 平家物語 > 平家物語 - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2009年1月8日 1時)
秋山はる「オクターヴ」1巻

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正月に実家に帰って、従兄弟の家に行ったら「アフタヌーン」がごろりと転がっていて、ぺらぺらと読む。
なんとなく、面白そうな雰囲気を覚えたのが、この漫画だった。
アイドルになりたいという夢を持ち、15でオーディションで合格した宮下雪乃。
「She'sN」というユニットを組んでデビューするものの、鳴かず飛ばずのまま、1年あまりで解散し、そして田舎に帰った。
高校へ再び通うものの、口さがない同級生たちの、好き勝手な噂に嫌気が差し、退学。
再び上京し、アイドル時代の事務所に入り直して、そこでマネージャーの仕事をする。
アイドル時代の様々な妄執に取り付かれ、ささくれだった気持ちで毎日を送る中、コインランドリーで一人の女性に出会う。
彼女はそのコインランドリーの経営者の姉、岩井節子。かつて「フェンネル」というユニットを組み、実力派シンガーと呼ばれた女性。
言わば、雪乃と同じ穴のムジナ。
雪乃は、そんな節子に、自分の中にある煌びやかなものへの憧れと嫉妬を見抜かれてしまう。
そして、雪乃は、そんな節子と恋に落ちてしまうのだ。
百合モノというほどにも爽やかで清純な恋でもない。
挫折して、ささくれだった毎日の中で見つけた温かさを求めていく雪乃の気持ちが痛い。
男嫌いというわけでもない。でも、相手は男ではダメだったに違いない。
アイドル時代、異性の視線を意識しすぎた彼女が安らげる場所は、男性の中になかったのだろう。
でも、いつまでもそんな安らぎを貪ってはいられない、そういうアンリアルな場所では。
いつでも、こういう、道ならぬ恋路を見るといつもそんな儚さと切なさがある。
だから、この手のモノが自分は好きなのかもしれない。
作者:babatune06
更新日:2009年1月8日 7時47分
河内実加「渋柿信介の事件簿」1&2

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二階堂黎人作品は未読だけれど、その二階堂作品をコミック化したもの。
この作品に出てくる自称私立探偵の渋柿信介は、独身で妻子や兄弟はいない、東京立川市の自室に<探偵事務所>のオフィスを構える。
しかし、この渋柿信介、他の作品の探偵とはちょっと違う。
なんと彼は6歳の幼稚園児。子供が名探偵なんてちょっと新しい。
いや、一人いるけど、「体は子供、頭脳は大人」な人とはちと違う。
こっちは本物の幼稚園児なんだから。幼稚園児のくせに妙に頭脳明晰で何やらハードボイルドな台詞を使いこなしている。
元アイドルの母、瑠々子を秘書と呼び、幼稚園のお遊戯に疲れる、そんな六歳児。
父、健一は刑事をしていて、彼の前でも血腥い殺人事件などの話を、何のてらいもなくする。
両親は依然、ラブラブ。
探偵料はチョコやら風船ガムやらと言ったお菓子が主。
変なところで子供っぽくて、変なところが妙に大人。
「『さよならを言うには少しずつ死んでゆく覚悟が必要だ』
そう呟きながら私はルル子に『ばいばーい』と手を振った。」
と渋柿信介は幼稚園の送迎バスの窓の後ろの窓から顔を出して手を振る。
こんな6歳児。依頼者は大抵、自分と同じ幼稚園児。猫探しとか、友達の嘘あばきとか、そんな些細な事件の裏側で、名推理を展開して、父親の関わっている事件まで解決してしまう。
大人顔負けの子供探偵。
だが、その名探偵の存在を知る大人はまだ一握りしかいない。
彼の両親ですら、彼の明晰なる頭脳の閃きを知らないでいる。
四角いふきだしで、子供たちが大人っぽい台詞を吐いているところは、実は全然別の台詞を話していて、お話を探偵ものっぽくするためだけに台詞が差し替えられてるんじゃないかなとずっと思ってたんだけど、さあ、どうなんだろ。
作者:babatune06
更新日:2009年1月7日 8時21分
フィリップ・K・ディック「最後から二番目の真実」

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ディックの作品って、なんかごてごてっとしている。
上手く言えないけれど、なんかごてごてっとした感じ。粗雑というか。
それが、ディックらしさにつながっているのだ。
西半球民主圏と太平洋人民圏、二分される世界は果てしなく核戦争を続けている。
多くの人類たちは地下塔に逃げ込み、そこで<要員>と呼ばれる戦争のための戦闘用ロボットを作り続ける。
優良な統治者である政府護民官のタルボット・ヤンシーの指示の元、放射能まみれになった地上を避け続け、今日も地下世界で彼らは働き続ける。
なんて、地上の戦争は真っ赤な嘘。
本当は限られた人々で、世界を分割するために、対立する二勢力の戦争は、もう数十年も前に終っている。
地下の人々は騙され続け、地上の人間たちの世話をする<要員>を作らされ続けているのだ。
と、なんか、こういう設定がなにやらごてごてっとした感じ。
何がごてごてなのかと言うと、そのありがちな、というか、古典的なパルプフィクション的なSFの匂いがぷんぷんするというか。
で、そうしたごてごての中に、微妙な展開と細かくてかゆいところに手が届くような設定が盛り込んである。
地下塔「トム・ミックス」の塔長を勤めるニコラスは、そんな地上の戦争状態をずっと信じ続けている。
<要員>を作る地下民のリーダーとして、その職務に忠実な毎日を送る。
しかし、<要員>製造の優秀な主任技術員だったスーザが膵臓炎に罹り、明日をも知れぬ命だった。
もし、スーザが死んでしまったら、<要員>製造ノルマが達成できない。
ニコラスは、半ば地下民に脅される形で、人工膵臓のある地上へと出ることにした。
そして、彼がそこで見た世界は、果たして戦争の終った、美しい世界だった。
地下管理局補佐官の一人アダムズは、護民官タルボット・ヤンシーの声明文を作成していた。
そんなアダムズが、地下管理局のボス、スタントン・ブロウズに呼び出される。
ブロウズの力は、西半球民主圏、太平洋人民圏の二大巨頭をも凌ぎ、地上世界を支配して、私服を肥やしていた。
アダムズと、同僚で友人のリンドブロムは、そのブロウズにある謀略を聞かされる。
それは、昨今、目障りになってきた高層集合住宅の開発業者であるルイス・ランシブルを失墜させるための計画である。
ランシブルは、真実を知って、地上に上がってきた地下民たちを擁護し、そこに住まわせているのだ。
アダムズは、卑怯な計画をたてるブロウズに対して義憤に駆られながらも、彼の権力が怖くてそれを言い出せないでいる。
アダムズとリンドブロムは計画を実行へと移すが……
複雑にして、ありきたりな世界構造なだけに、そこで起こりうることが見えやすい。
見えやすいだけにワクワクとした感じが喚起される、これがまさにディックの世界なのかも。
作者:babatune06
更新日:2009年1月6日 8時0分
蒼樹うめ「ひだまりスケッチ」4巻

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おっとり天然系のゆのさん、本気とも冗談ともつかないボケをかます天真爛漫な宮ちゃん、カワイイ美人系の女の子らしいお姉さんのヒロさん、しっかり者のボーイッシュガールな沙英さん。
そんな四人がひだまり荘を舞台に繰り広げる、ドタバタホノボノ四コマ。
「らき☆すた」と並んでそろそろ買うのやめたい漫画の一つ。
でも、なんだかんだと言いながら、結局、また買ってしまった第四巻。
誰かもらってくれないかなあ、あるいは早く終んないかなあと思ってるんだけど、新入生が入ってきたりして、終る気配もない。
なので、どうして、この漫画あんまり好きじゃないのかなあと考えてみながら、読む。
ああ、なんてネガティブな読み方なんだ。
キャラのひとりひとりには確かに魅力はある。カワイイし。ねらいすぎと言っても間違いない。
が、そのキャラ付けがおとなしい。はじけ具合が足りない。
バカっぽさがないというか。
そして、みんないい子ばっかりすぎる。
もっと毒があった方がいいのに。
みんな、いい子でしょ? カワイイでしょ?という雰囲気が、どうも押しつけがまくて、反発心が芽生える。
新入生が加わっても、これまた、いい子二人で、そういう感じが増したばかりで。
唯一、吉野屋先生は若干の毒を孕んではいるものの、それでもまだ何かが足りない。
なんか、はっちゃけ具合が足りないね、ダメキャラ入れる?ということで急遽足されたような雰囲気がすごくある。
それで。
どうしてアニメの方は面白く感じたのかと言うと、そうしたおとなしさが、役者の声とか、演出でワンテンポ上のテンションに置き換わったからではないかなと推測する。
そして役者さんの声に、人間くさい毒が加わったからかも。
せっかく美術系の学校を題材にしているのに、その辺りを背景にしたエピソードもあんまりないし。
作者:babatune06
更新日:2008年12月27日 12時50分
桜庭一樹「推定少女」

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自分が中学生の頃、あるいは高校生の頃、一体、何を考えていて、自分の見ていた世界がどんなだったか、あんまりよく覚えていない。
よく覚えていない、というより、実は今も昔も考えていることはさほど変わっていないのでは、ということに気付いたのは、そう思ってから半日ほどしてから。
確かに「大人になってから、今の自分を否定するような大人だけにはなりたくない」とそんなことを考えていた。
未だもって自分が成長していないのか、それともすでにその時点で成長していたのか、それはわからないけれど、ともかく、あの頃と自分というものがほとんど変わっていない。
巣籠カナは中学三年生の少女。父親とは早くに死別し、今の父親は五年前に突如、母親が再婚した相手である。
カナはその義父が苦手だった。
ある夜、母親が町内会の会合に出かけて、家には義父とカナの二人きりだった。
カナが二階の自室でラジオを聞きながら勉強していると、近所の山でUFOが落下した、というニュースが流れた。
「宇宙人が一匹 逃げたって」と友達からメールが来る。
その時、彼女の身にとあることが起きた。
そして、パトカーのサイレンの音がして、義父が庭で仰向けに倒れていた。
カナは思わず逃げ出した。
そうして逃げ出した先で出会った全裸の美少女、白雪と一緒に逃亡する。
いつもながらに桜庭一樹の、ジュブナイル的視点の鮮烈さにはクラクラさせられる。
どうして、ここまで克明に中学三年生の少女の心理を映しだせるのだろうと。
いや、果たしてこれが本当に子供の、中学三年生の心理と合致しているかどうかはわからない。
それでも、自分が触れることのない極みがそこにある。
「荒野」の山野内荒野は片親だった。「私の男」の花は地震で両親を亡くし義父と二人暮らしだった。「少女七竈と七人の可哀想な大人」の川村七竈も父母ともおらず祖父と暮らしていた。「赤朽葉家の伝説」の赤朽葉万葉は親である辺境の人に捨てられ、「少女には向かない職業」の大西葵はやはり父親は母親の再婚相手で、義理だった。
桜庭作品はなぜか、そんな不遇な家の子が多い。
その不遇の中で間違いなく、彼らは高邁に育ち、そして、驚くほどに無垢である。どこか斜に構えた部分を持ちながら、純粋である。
その純粋さこそが、このヒロインたちを冒険者に変える力なのだ。
平凡な社会の中にある非凡な環境。それは例えば家出であり、それは例えば起こすつもりのなかった偶発的な事故であり。
いつ何時、普通に生活していたとしても、人は冒険をしなければならない時がある。
もし、そんな時に純粋でなければ、旅の一歩に出ることすら諦める。物語にすらならない。
純粋だからこそ、成り立つファンタジーがここにあるのだと思う。
うーん。「赤×ピンク」やっぱり買ったはずなんだけど、見つからない。
作者:babatune06
更新日:2008年12月26日 8時6分
佐藤両々「こうかふこうか」2巻
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オフィスに蚊がいれば、必ず集中的に狙われる、自動改札にはひっかかり、自動ドアは開かない。いつも包帯、眼帯当たり前、体中が字だらけ。
そんな不幸を絵に描いたような福沢幸花。きらびやかな名前なのに、なぜか不幸。
一方、PC触ればファイルを壊し、湯飲みを触れば見事に割る。周囲からは無駄な動きをするなと言われても、落ち着きのない彼はついつい周りに手を出す。それが岩井恭介。
マネキン倒して破壊してするのが岩井なら、その下敷きになるのが幸花。
喫茶店でコーヒーカップを壊すのが岩井なら、割ったカップからこぼれたコーヒーでドレスを汚されるのが幸花。
そんな不幸な目にあっても、自分の境遇にめげることなく、いつもニコニコ、それが幸花。
不幸具合が些細なもので済めば、ああ、よかったと胸を撫で下ろす、そんな健気さがあまりにも痛々しい。
普通は、その不幸ですら、人は嘆息するものであるというのに、この子と来たら。
ま、そんな不幸せ続きの幸花が、岩井から突然の告白を受けて、一気に不幸は幸せに? と思いきや、幸花は迷い中。
別に好きってわけでもないし、むしろ、ちょっと困るんですけど。
だって相手は壊し屋岩井だし、しかし、いつも幸花に目をかけている亀山さんはその岩井さんのこと好きっぽくて。
その告白の日から、亀山さんは少々、幸花に冷たく当たったりして。
「幸せすぎてコワイ」とかなんとかって台詞はあるけれど、この幸花なんかにはぴったりな言葉。
幸せになったら、その皺寄せがどこかに来るに違いない、なんてきっと思っちゃうんだろうな。
いや、でもむしろ、そんな半生を送ってきた幸花なら、その反動で人生の後半分は薔薇色に違いないさと、そんな彼女の将来を望んでしまうのである。
なにげに幸花、巨乳。
作者:babatune06
更新日:2008年12月25日 8時1分
秋山香乃「歳三往きてまた」

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さて、今年最後の新撰組本。
司馬遼太郎の「燃えよ剣」に続いて歳三主役の物語。
今年だけで何度、油小路の生々しい悲劇の現場を読んだことやら。
世の中、本物の女性よりもニューハーフの人の方がよっぽど女らしかったりするのではないかなと時々思う。
ゲイバーにも行ったことないし、知り合いにニューハーフがいるわけでもないけれど、ただ理屈として。
もともと男であるところの彼女らは、女であろうとすることに努力しているから。
そして自分がなりたい、理想的な女性がどんなものかを持っているだろうから。
そもそも、そういった人たちが女たらんとしなければ、結局は男にしかなり得ないのだから。
近藤勇や土方歳三は、多摩の百姓だった。しかし、彼らは武士たらんとした。
生まれながらの武士よりも、武士として努力し、どんな武士が理想的かというものを自分の中に確固として持っていた。
近藤は近藤なりに、土方は土方なりに、違う方向にではあったが。
最期の最期までその主=将軍への忠義を貫き、武士としての生き方を貫き、主を失った後も武士としての生き方を否定しようとする新しい思想の波に抗い、おおよそ最後の「武士」として死んでいった。
物語は伊東甲子太郎とその一派が油小路で惨殺される事件から始まる。
それは新撰組の衰退期。
隊内の規律に反した者、自分たちに対立する勢力に対して、常に非情たる決断をしてきた土方は、江戸試衛館から寝食ともにして来た、新選組創立メンバーの一人、藤堂平助ですら、無惨にも斬り殺さなければならなかった。
そんな歳三の非情さは、新選組が鳥羽・伏見の戦いで敗れ、大坂、江戸から流山、宇都宮から会津、そして箱館へと移っていくに連れ、徐々にその形を変えていく。
特に、古くからの仲間であった近藤勇を失ったことが大きかった。
その非情さは、悲しくも、彼自身の内へ内へと強く向かっていく。
新撰組に「士道背キ間敷事」という法度があるが、これは新撰組という隊内の規律を乱さぬため、あるいは具合の悪い者を都合よく粛清するため、曲解され、使われることも少なくなかったようだが、一番、この士道に対して縛られていた人間こそ、土方自身だったのではないかと思うわけで。
武士でないが故に、士道がいかなるものかを確固として定め、そこから外れないように揺るぎのない鬼であった土方。
そうした真面目な人間性の中に土方歳三という歴史上の人物の魅力が溢れているのではないかと思うのだ。
作者:babatune06
更新日:2008年12月24日 8時30分
大乃元初奈「おねがい朝倉さん」8巻

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オフィスってどこもそうなんだろうけど、守秘事項の固まりみたいなもんだから、とても閉鎖的で外からは見えない。
それだけに自分が勤めている会社以外の環境というのが、どんなものか知りたくなる。
言っても、これまでに3つの会社を渡り歩いてきているので、それぞれの職場がそれぞれ異なる環境にあって、やっぱり面白いと感じる。
社員数10人ちょっとの零細企業、他の部署が複雑に入り乱れて席も流動的な大きな職場、そして、ちゃんと自分専用のデスクとマシンが用意され、静かな100人ばかりがいるオフィス。
その職場の常識は、隣の職場の非常識。前の職場で当たり前と思っていたことが、次の職場ではそうでなかったり。
朝倉さんが勤めるこの会社、一体、何の営業をしているのかはわからないけれど、こんな職場ねーよ、と感じる人も少なくないかもしれない。
でも、きっと、日本のどこかにこんな楽しそうに、楽しんでる仕事してる人たちがいるに違いない。
天然ボケの朝倉さん、計算づくの神田と、対照的で魅力的な女性陣。
ペット的な存在の西薙に、ハチャメチャでスチャラカな東に、一人サーティオーバで純情一路の栗原。
みんな朝倉さんに憧れているのだけれど、栗原は中でも別格。けっこう好き。
二人の恋愛が一歩踏み込んだ感じになるのを、今か今かと待ち続けて読んでるのだけれど、なかなかこう一歩進まない。
朝倉さんが鈍くて、栗原の想いどころか、みんなの熱い視線にすら気付いていない節があるから。
一方、神田の方は、なんとなく東と仲良くケンカしなって雰囲気を保ちつつ、特別、お互い好き嫌いとかって気持ちもなさそう。
それでも、友人から合コンに誘われて、一旦は引き受け、会社の男を連れていくと言ったものの、なんとなく惜しくなって、都合が悪くなったと断るあたり、何らか意識しているところもあるわけで。
そんな神田がちょっとカワイイ。
職場ってこんな感じだよなあと思わせるような、そんな描写もある反面、特有のギスギスな関係というのが、あまりない。
営業目標目指してがんばろう、という一致団結しながらも、ほのぼのと自由奔放にお仕事をしている。
時々、ドジっ子だけど、仕事ができる素敵なマドンナ(死語)がいる職場、いいですな。
会社に疲れた人にお勧めしたい、癒しのお仕事四コマ。
こんなの現実的じゃねーと怒る人にはあまりお勧めしたくない。
作者:babatune06
更新日:2008年12月23日 11時55分
椎名高志「絶対可憐チルドレン」15巻

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やーん、最終回みたい。
でも最終回じゃないんだよね。
関東一円で連続している連続強盗事件。
犯人はどうやらエスパーで、目撃者は意識不明で発見されて、気づいた時には記憶喪失にされているという。
特務エスパー「ザ・チルドレン」が出動するものの、詳しいことは何もわからない。
そんな中、「チルドレン」の管理官である皆本が、この犯人に襲われ、記憶を奪い取られる。
過去10年ほどの記憶を奪われた皆本は、その記憶退行に合わせて姿も子供に戻されてしまうのだ。
天才的な頭脳を持っていたために、普通の学校生活を送れなかった皆本だったが、子供に戻った皆本は、その時代を取り戻すかのようにチルドレンたちとともに楽しい学校生活を満喫する。
やがて、皆本はそんな生活に捉われ、元に戻りたくないと思い始めるのだ。
そんな事件も解決して、春を迎えた時、チルドレンは小学校を卒業し、成長する。
このカットがまるで「第一部完 椎名高志先生の次回作にご期待ください」みたいで。
なんか染み入る。
社会のために働いているエスパーがバベル。
しかし、所詮、バベルは普通の人々が作り出した、超能力者の機関。
彼らに反抗するのが、エスパーのエスパーによるエスパーのための理想社会を作り出すため、普通の人々が中心になって築いてきた社会に対し反社会的な行為を繰り返しているのが、犯罪組織パンドラ。
そして、そのパンドラにも属さず、ただ利益のために脱法行為を繰り返すエスパー。
更にエスパーとの共存社会を快く思わない普通の人々たちによるテロ組織が「普通の人々」。
日本人と中国人、イスラム国家とキリスト国家、黒人と白人、人は何かと二つに分けたがり、相手を差別したり偏見を持ったりする。
でも、本当に二つに分けられるものがあるとしたら、そういう概念に捉われず仲良くできる人、そういう概念に捉われっぱなしで仲良くできない人の二つなんだろうなあと思う。
椎名高志がそこまで考えて、この作品を描いてるとは思わないけれど、これって、実は普遍的でスタンダードな主張の底に隠されている真理であるような気がする。
うーん。にしても、子供と大人の間にある微妙な恋とも言えない、歯がゆい関係ってのが、なんか自分の中に葛藤を形作ってる。
うまく説明はできないのだけれど。
作者:babatune06
更新日:2008年12月21日 23時55分
機本伸司「メシアの処方箋」

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機本作品を読むんだったら、まず小松左京賞受賞作の「神様のパズル」からと思ってたけど、なぜかこちらから。
これが一番、面白いって言われたし。
最近、富に本を読みながら倫理観ということについて考えることがある。
倫理とは何なのか、ということだ。
所詮、倫理観なんて、人間が自分たちの尊厳を守るための急ごしらえの理屈でしかないのではないかと考えてしまう。
どうして人はそのようなモラルを守らなければいけないのか、ということを説明しようとしても、その説明自体がある一定の倫理や常識によって守られている。
その倫理や常識も、また危うい。
倫理問題は、突き詰めていくと、結局は常に倫理の壁にぶつかり、倫理の説明をするのに、倫理を持ち出さざるを得ないというスパイラルに陥る。
だからこそのタブーなのかも。
人が、人工的に生命を作り出すことも、またそうした倫理的観点からタブー視されてきているわけだが。
インド出向を命じられた鈴木鎮夫は、中国との国境付近、ヒマラヤ山中にある氷河湖のそばに赴任することになる。
突然の氷河湖の決壊を経験する彼は、水に飲み込まれるものの巨大な木片に掴まり、一命を取り留める。
その木片こそが氷河湖の下に長い間、眠り続けたオーパーツの一部だった。
氷河湖の底に眠っていたオーパーツ、それは巨大な「舟」だった。
その中には花の模様が入った木簡がたくさん収められていた。それは古代人からの何かのメッセージに違いない、国の機関からやって来た外園、通称ロータスはそう推測し、解析のため、動き出す。
一方で、研究チームのエヴァンズ教授は、強大なバックボーンを使って、その禁忌にも近い真実を内へと隠し、巨大な力の元に吸収しようとしていた。
真実を晦まさせてはいけない、真実を知りたい。そう思った鈴木とロータスは、独自に解析を進める。
そして、木簡に示された花模様が、遺伝子のアミノ酸のパターンではないかという結論に至った彼らは代理母を募集し、人工的にその塩基配列の生物を作り出そうとする。
まさに、そんな生命を作り出す、いや、それも普通の生命ではない、超古代文明が残したヒトとは違う高等な存在の生命を作るという禁忌を犯す主人公たち。
生命倫理に疑問を持つ人、その危険性を知りながらも真実を知りたい願望を持つ人、そして、まったく倫理観が欠如している人。
計画を遂行する人々の主義思想がいちいち合致せず、常にぶつかり合う。
「星を継ぐ者」三部作を一気に読まされた感じ。
学問的な謎の解明、謎の正体が現出して大騒ぎ、陰謀とそれを巡る抗争と結末。
まさに「星を継ぐ者」「ガニメデの優しい巨人」「巨人たちの星」にも似た構成の、ドキドキ感満載なドラマだ。
ただし、中身はさすが小松左京賞の受賞者作品、背景やモチーフの壮大さと裏腹な、ミクロな人々の右往左往が主軸になっている。
言わば「庶民感覚」。
ホームページ作ったり、小さなアパートに潜伏したり、どこまでも小市民的。
作者:babatune06
更新日:2008年12月19日 7時36分
園田健一「しょきタン」

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漫画家って中堅からベテランの域に差し掛かる頃に、初期短編集みたいなのを出したくなるのかな。
っていうか、出版社が出したがってるのか、どっちだかわかんないけれど、ともかく、若干マイナー路線をさまよいながらも、確実にファンを伴う実力派の一定キャリアを持った漫画家は、初期作品集をよく出す傾向がある、ように感じる。
というのは、たぶん妄想かもしれないけれど。
ソノケンと言えば、アフタヌーン誌上で「ガンスミスキャッツ」を、長期にわたって連載し、さらに近頃続編もやってたし、「エグザクソン」は1巻しか読んでないけれど、けっこう話題にもなったし、人気もあった方だと思う。コアなところだと麻雀ゲームの「スーチーパイ」のデザインもやってたりする。
それでも、自分の中でこの人は「ガルフォース」のキャラクターデザインをやった人以上のインパクトはないわけで。
これはたぶん「ガルフォース」を見た人ならば、誰でもそうなんではないかと思う。
というのは、これも妄想かもしれないけれど。
高校生当時見たアニメとして「ガルフォース」の宇宙章は、かなり我が心に火をつけた。
言わば、太陽系および人類形成譚、宇宙超先史文明を描いた画期的なSFアニメだった。
今思うに、この手の先史文明的SFは数あるけれど、当時、触れた一番最初のメディアとして自分の心にひっかかったのだ。
美少女ばかり出てくるというその手法は、「狙った」アニメには間違いなかったのだが、そこに男がいず、女ばかりがひしめき合うことに理由があった。それが例えこじつけや大義名分であったとしても、その必然性の構築法が自分には斬新だった。
とか、もっともらしいことを書いてみたが、そもそも、原作は柿沼秀樹なので、ソノケンの話とはあまり関係ない。
で、ソノケン。
園田健一の描く女の子はカワイイ。
もっとも時代が時代なので、古いのは確かだけれど、古きよきSF漫画って感じを思わせる。例えば士郎正宗とか。
メカニックに対するこだわりも捨てがたい。ミリタリーやマシンなど、オタクな男のロマンへのアプローチも巧妙である。残念なことに自分がこの方向性にあまり興味がないのだが。
まあ、そんな園田健一なのだけれど、この初期短編集、致命的にお話が面白くない。もう泣けてくるくらいに。
いわばハードコアすぎるんだろう。
かと言って士郎さんほどに、とんでもないSF設定が背面からにじみ出てくるわけでもないから、なんかこうそそられるものもなく。
なんかちょっとがっかりな一冊でした。
作者:babatune06
更新日:2008年12月17日 23時49分
磯谷友紀「本屋の森のあかり」4巻

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大体、本屋に週に3、4回は行く。なぜか同じ日に、職場近くと地元の店に2度行く時もある。
それくらいに本屋が好き。
本も好きだけど、それと同じくらいに本屋が好き。
本屋で働いてみたいとも思う。いや、でも接客とか苦手だし、やっぱダメか。
本屋へ行くたび、本屋で働く人々に、ある種の憧憬を抱く。
それは働きたいから、という意味の羨望とはまた違う憧憬。
それは本に囲まれて仕事するという幸せに対するものなのかも。
そう言えば、なにげにうちの周りは本屋の店員経験者が多い。現役もいるし。
そうそう、このお話に出てくる寺山さんという副店長は、なんとなく自分に似てるなあと思ったりもする。
こんなに素敵でも、男前でも、月に300冊、本を読むとか、それほど本に対して造詣も深くもないけれど、自分の好きなものに対して夢中すぎて、周りに対する配慮が若干足りないところが。
そう考えて、なんとなく一人で勝手に傷つく。
全国でチェーン展開をする須王堂書店、その岡崎支店から東京の本店に転勤になった高野あかりは、現在、児童書コーナーとサービスカウンターを担当しており、バリバリ本屋の店員まっしぐら。
副店長に恋をして告白するものの、人間よりも本が好きな彼にはその心は届かず、なんとなく気まずい想いもしてみたり。
そんな中でいろんな客や店員とのふれあっていく、あかり。
児童書コーナーで本を探す子供たちに対して「それ、つまんないよ」と声をかけまくる少女。
洋書のコーナーにこだわり、25年間、そこでただひたすら働く千葉さん。
とても真面目で働きもの、しかし真面目が過ぎてつまらないと言われてしまう出版社の研修で来ている熊沢くん。
なかなか実家に帰ってこない息子を訪ねて本屋へやって来てしまう副店長のお父さん。
副店長との恋に進展もなく、かと言って完全に記憶の隅に押しやることもできないままに、近づいたり近づかなかったりしながら、あかりは毎日を過ごしていく。
ということで、今回はあまり急激にストーリーは動かず、淡々とその周囲で起こる小事件を通して、少しずつ副店長とあかりの関係を見せていくということで終始。
なんとも浮かばれないのが熊沢くん。
研修中はみんな何かと真面目で一人で自己完結しがちな彼を敬遠しているのだけれど、研修が明けていなくなった途端、「けっこう好きだったんだけど」とか「いっそ転職してきてほしい」とか、ひっそりとファンであったことを次々と女の子たちが告白しだす。
そんなことは、いるうちに言ってやれ!と思ってしまう。
こんなこと、けっこう少なくないよね、本当に。
作者:babatune06
更新日:2008年12月16日 8時20分
萩原朔太郎「猫町 他十七篇」

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萩原朔太郎って、詩だけでなく小説も書いてたんだなあと発見した一冊。
朔太郎の詩の、なんとなく不気味な、暗い空気がそのまま、幻想的な風景を描きだしている。
なんということのない風景、いつも見知ったる風景。
そんな場所へ違う形でアプローチすると、ふいに町は違う顔を見せる。
そんなふうにそぞろ歩きを楽しんでいる私だが、しかし、それはもろくも崩れ去り、いつもの日常がそこに現前する。
そんなそぞろ歩きの中、私はさらに不思議な風景に遭遇する。
……ということが近頃、自分の身にもあったので、なんとなく共感した「猫町」。
猫というモチーフは往々にして、不気味なものの象徴として、あるいは滑稽で愛らしいものとして、用いられる。
昨今の猫ブームは、後者タイプではあるが、過去においては前者の方法の方が頻繁に使われてきた感じがする。
それはまあ、ポウの「黒猫」に起因されるイメージが強いわけではあるのだけれど。
朔太郎の「猫」という詩に出てくる猫もまた、「おぎやあ、おぎやあ」という奇妙な声で鳴き、その家の主人の病を知らせたりするわけで。
「不思議の国のアリス」の猫は、ニヤニヤ笑いだけを残して姿を消す不気味さ。
一方で、漱石は「我輩は猫である」で猫の視点での滑稽な人間風刺を描き、赤川次郎は三毛猫を探偵役に仕立て上げ、内田百輭は愛猫の死を悲しみ嘆き続け、ハインラインは人間不信に陥って、たった一匹愛猫だけを共にコールドスリープに入る男の話を書いた。
この中での猫は、ワガママで愛らしい存在だ。……ってあれ? 愛らしい猫の方が多いな。
そんなふうに、猫は二面性を持っており、作家によってその人物の本質が見えてくるような気がする。
なんとなく。
そう言えば、先日は綾辻の「黒猫館の殺人」を読んだばかり。
あの猫は不気味なものの対象だったけど。
作者:babatune06
更新日:2008年12月15日 10時32分
渡辺多恵子「風光る」25巻
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もう25巻。これ一体いつ終わるんだろうなあ。
勘定方、河合耆三郎。商家の息子で新撰組の財布役。
そんな河合を土方は評して「武士じゃねぇな」。
確かに「頗るいい人」な河合なのだが、そのいい人ぶりが仇に。
ある時、勘定方の手伝いをしていた神谷清三郎ことおせいちゃん、帳簿の整理をしていて、五〇両ばかりの金子がなくなっていることに気付く。
それを河合に報告するものの、実は一両二両の使途不明金が存在することは往々にしてあるのだという。
それは隊士たちがちょくちょくと遊郭へ行くために拝借していっていることに原因があった。
河合は、隊士たちの半ば横領紛いの行為をよい気晴らしになれば、ということで黙認し、その補填のため、実家の商家に無心していたのだ。
しかし、五〇両という金は少々、大きすぎる。
神谷はその犯人を探し出そうと隊内の捜査に乗り出す。
時に、長州が不穏な動きを見せる。
長州討伐のため、幕府の使節として伊東甲子太郎とともに西行していた近藤勇。
仕事が上手くいかず、心身ともに疲労困憊で京へ戻ってくる彼を案じた土方歳三は、近藤の贔屓にしている芸妓、深雪太夫を身請けし、近藤の妾にしてやろうと決意。
そんな身請け料が五〇〇両。そんな時、盗まれた五〇両が欠けている。
河合は公金に手をつけた、私消を疑われ、隊の法規に則り切腹を言いつけられる。
助命嘆願をする新撰組の主だった者たち。
河合はやってないと信じる清三郎だったが、結局、真犯人を見つけ出すことは叶わず、河合の切腹は執り行われることに。
しかし「武士ではない」河合は、最後の最後に士道不覚悟の行動に出る。
その場から逃げ出そうと抵抗したのだ。そのため、彼は結局、介錯人の手によって斬られてしまう。
結局、私消うんぬんよりも、勘定方という立場にいながら、財産管理が行き届いていなかったことに対する処分だったのだが、それでも納得いかない神谷は土方の命をもてあそぶような態度に怒りを感じる。が。
一度入ったら、出ることも叶わず、敵に背中を向けたら士道不覚悟、敵から手負いの傷を受けてもこれまた士道不覚悟(だったかな)、敵と刃を交えたならば、死ぬまで戦うか、勝つかしかない。
本当に新撰組って抜き差しならない組織だよなと思う。
現代の感覚で言うと相当厳しい気もするけれど、当時の時代情勢からいうとけっこう普通だったのかもしれない。
それにしても、おせいちゃんがどこで土方を見直したのかよくわからない。
「かっこつけすぎだ」と言うのが、どういう意味なのか、もう一つよくわからんのよね。
土方が、感情を押し殺し、隊の規律を守るために悪役になっていることなんて、そんなのわかってたはずでしょ?
なんで今更、それを見直すんだ? それとも清三郎は今までそれに気付いてなかったのか?
そろそろ清三郎も一八歳。そろそろ隊内でも誤魔化せないところまで来てる。
もし女だってことばバレたら、切腹か。
でも女だってわかったら、士道とか関係なくなるからな。
鳥羽伏見後は放免って感じかな。
総司の結核って設定も微妙に忘れられてるような気もするし。
作者:babatune06
更新日:2008年12月13日 9時44分
綾辻行人「黒猫館の殺人」

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館シリーズ第六弾。
名探偵コナンが富につまらないと感じるのは、あまりにも複雑なトリックに端を発する。
正直、子供だまし。
いくら精巧なトリック使って密室状態を作っても、ふーん、だから?って思ってしまう。
本書でも江南クンが「まあ、どうにかしたんだろうな、という気分になってしまい、種明かしをされても『ふーん』としか思えないのである」と言っている。なんかそんな気分。
密室作りに関しては、密室を作る作業が肝心なのではなく、密室を作り出した理由が大切で、そのバックボーンが大切なのではと思うわけで。
コナンは、そのバックボーンが薄い。
黒猫館では実にチープな密室トリックが使われる。昔、子供向けの探偵クイズに出されてたようなヤツ。
それこそ、江南クンの思想に表されているような著者自身の機械トリックものへのアンチテーゼの反映なんだろうな。
館シリーズそのものが、館という巨大な仕掛け=トリックを使って展開するものの、そこには実質ミステリーは存在しない。
それよりももっと大いなる目くらまし、あ、そことそこがつながる、みたいな意外な真実が隠されていて、それがいつも「やられた」という唸りを上げさせる。
この黒猫館もその辺、実によくできているのだ。
いや、この手のものは他でもどこかで見た気がしないでもないが、綾辻の手練にかかると見事に驚嘆の罠へと誘導されてしまうのだ。
ホテルの火災事故に巻き込まれた一人の老人。彼はその火災で記憶を失ってしまう。
しかし、その時、彼の手元には一冊の手記が残されていた。
その手記には建築家、中村青司が建てた「黒猫館」で起きたおぞましき事件の一部始終が書かれていた。
その手記から、そこに書かれている一人称の「私」、「黒猫館」の管理人、鮎田冬馬が自分自身だと知る老人は、やはり同じ中村青司の建てた「迷路館」を舞台に小説を書いた推理作家、鹿谷門実に自分の素性を調べてほしいと依頼する。
一体、この老人が何者なのか、「黒猫館」がどこにあるのか、そもそもそれは実在するのか。
鹿谷門実は、若き友人江南孝明を誘い、中村青司の建てたという「黒猫館」と手記に残された事件の真相を探るべく動き出す。
手記に綴られたのみの封じられた過去を、現代という視点から紐解いていく。
手記に残された不審な矛盾点を次々と連ねていく解決篇が、かなり見もの。
かなり変化球気味ではあるけれど、これくらいが好みである。
ここからしばらく第七作目「暗黒館」まで、館シリーズは空白の12年に入る。
これってそんな前の作品なのか。
確かに館シリーズには携帯も出てこない、ネットもない。
クローズドサークルが出来上がっても、今の世の中、携帯で連絡すればいいじゃんってなるし(電波が届けば)、調べものだってある程度のことはネットで調べられたりして、安楽椅子探偵も重みがなくなった感がある。
技術の進歩は時として、創作物をつまんなくしてるなあと思う。
作者:babatune06
更新日:2008年12月12日 8時15分